「おとなしくていい子だなあ。名前なんていうんだ? ドルー? ドルー、お前うちの事務
所入れ。それだけ賢ければ、いい役者になれるぞ」

 ソファーの隣でおすわりの姿勢になったドルーの胸と背を、大河内さんはモフモフとなで
て褒める。役者になれなんて冗談に決まっているが、賢いと褒められて、ドルーはどことな
く得意顔だ。
 大河内さんは人当たりのいい人だ。とくに後輩や若手のことは今のドルーのように大げさ
に褒めてくれる。俺もそうだった。

 そのとき、ふと視線を感じて振り向いた。視線の先はリビングの出入口で誰もいなかった
けれど、かすかに足音が聞こえた気がする。

「どうかしたか?」

 振り返った姿勢のままの俺に、大河内さんが尋ねる。

「いえ。……あの、今日ってお子さんは……?」

 こちらの質問に大河内さんは「ん? 学校じゃないか」と当然のように答えながらソファ
ーに座ったけど、お茶を運んできた奥さんがすぐに「二階にいますよ」と訂正した。

 ……まあ、そうだろうなと思う。大河内さんのお子さんはたしか中学生と高校生だ。以前
ここにお邪魔したときに、チラリとだけど姿を見たことがある。
 今回の大河内さんの騒動は、多感な時期の子供にはよくない影響があるだろう。外に出れ
ばマスコミにあれこれ聞かれかねないし、学校に行ってもよくない注目を浴びるかもしれな
い。お子さんたちが学校を休んだのは、当然の選択のように思えた。

 自分のせいで子供が学校に行けなくなってしまったことを気まずく感じているんじゃな
いかと、俺はお茶を飲むふりをしてチラリと向かい側の大河内さんの様子を窺った。けれど
彼は顔色を変えることなく、奥さんの言葉に返事も相槌を打つこともなく、お茶をひと口飲
んだだけだった。

「今回のことは本当に悪かったな。一番迷惑被ったのは天澤だ。心から詫びるよ、申し訳な
い」

 奥さんがリビングから出ていくと、大河内さんは俺をまっすぐ見つめ改まって謝ってきた。
三十歳も年上の大先輩だというのに、ためらうこともなく俺みたいな若造に頭を下げられる
彼は本当に人格者だと思う。

「謝らないでくださいよ。大河内さん悪くないじゃないですか。だって、全部でたらめでし
ょう? あの写真の女性、真木さんですよね?」