「……よくマスコミに見つからずに来れたなあ」

 大河内さんはそう言って、目尻にしわを寄せた苦笑で俺を見た。

「大河内さんちの裏門、すっごくわかりにくいところにあるじゃないですか。だからもしか
したら裏門から入れば、張ってるマスコミに見つからないかなーと思って。大成功でした」

 動物病院を出てから四十分後、俺は大河内さんの自宅を訪ねていた。
 実は大河内さんと俺の家はそう遠くない。歩いて四十五分、自転車なら三十分も掛からな
いほどだ。

 四谷さんから、大河内さんは自宅待機していると聞いた俺は、どうしても確かめたいこと
があって大河内さんにアポイントを取ってから家までやって来た。
 彼は、家の前にはマスコミが張ってるのでどこかで待ち合わせて会おうと言ってくれたけ
ど、俺はちょっとリスキーでも自宅を窺いたかった。

 勝手口から現れた俺を、大河内さんは「そんなところからで悪いけど、まあ、上がってく
れ」と招き入れようとしてくれたけど、俺は靴を脱ぐ前に手にしていたリードを見せる。

「すみません、じつは犬も一緒なんです。静かにさせますんで、どこか繋いでおいていいで
すか?」
「あれ、かわいいお客さんも一緒かあ。綺麗だな、室内犬? 家に入れられる子なら中入れ
ちゃってもいいぞ」

 大河内さんはそう言うと小走りで廊下へ出ていき、「うちも二年前まで飼ってたんだ。…
…三年前だっけかな」と、手に足ふき用の雑巾を持って戻ってきた。

「へえ」

 大河内さんが犬を飼っていたなんて初耳だ。
 ありがたく雑巾を受けとりドルーの足を拭いていると、キッチンでお茶の準備をしていた
奥さんが「五年前ですよ」と呟くように小さく言った。

 靴を脱ぎ、勝手口から「おじゃまします」と上がった俺は、小声でドルーに「お利口にね」とだけ告げる。ドルーは俺にしか聞こえない声で「うん」と答えると、匂いを嗅ぎまわりたいのを我慢して、案内されたリビングまでぴったりとついてきた。