そして次の瞬間、雲の切れ間から覗いた月光が、ゴリラマスクの頭上に飛び掛かる獣のシ
ルエットを映し出した。

「うわあっ!?」
 獣に勢いよく飛び掛かられたゴリラマスクはあっけなく倒れ、バットは俺の頭にヒットす
ることなくポコンと地面に転がり落ちる。

 倒れたゴリラマスクを逞しい四本足で組み伏せながらウ~と低い唸り声をあげる獣は、銀
色の体をしていた。
 がっしりとした体つき、ピンと立った三角の耳、唸る口もとから覗く牙、そして威圧的な
青い目。月下に立つ勇ましいその姿を見て、俺は思わず「お、狼……?」と呟いていた。

 狼はワンワン!とガウガウ!を足したような荒々しい声で吠えたてた。ポカンと立ってい
た怪獣マスクが「やだ、来ないで!」と泣き出しそうな声をあげ、二、三歩後ずさった後、
逃げていく。

 相方が逃走してしまったのを見てゴリラマスクもジタバタと焦りだすと、なんとか体を翻
し狼の足もとから抜け出して逃げていった。

 通り魔たちは去ったものの、俺の緊張は解けずにいた。だって、目の前には狼。一難去っ
てまた一難とはまさにこのことだと思いながら、相変わらず側溝に片足を突っ込んだまま俺
は身を硬くしていた。すると。

「カナ! カナ!」

 誰かがまた俺を呼んだ。もしかして近くに誰かいるのかと思ってキョロキョロ首を動かす
が、人影はどこにも見えない。その代わり、月を背に負った獣がこちらに向かって飛び掛か
ってきて、俺は「ひっ!」と情けない声を出した。
 頭を齧られるか手足を食いちぎられるかと思い身構えたけれど――勢いよく体当たりし
てきた感触はモッフモフで、狼はキュ~ンと甘ったれた鳴き声をあげながら顔をベロンベロ
ンと舐めてきた。

 そのとき俺はようやく気づいたのだ。二十三区外とはいえ、東京の住宅街に狼なんている
わけないじゃん、と。
 通り魔に襲われて頭がテンパっていたのだから仕方がない。だとすると、この獣はなんな
のか。犬だ。狼っぽい雰囲気はあるけれど、どこからどう見ても犬だ。

 銀色の体毛に青い目。あとなんか……怒ってるっぽい目の周りの模様。なんだっけ、知っ
てる、これ。――あ、分かった。

「シベリアンハスキーだ……」