『なんでそんなことがわかるんだ』
「子供……だと思うんです、犯人。体格や声の感じからして、たぶん中学生くらい。それに持っていたバット、プラ製のオモチャだったんです。あんなので殴られても死なないどころか、痛くもないから」

 追いかけられていたときには夢中だったからわからなかったけれど、ドルーに飛び掛かられて犯人がバットを落としたとき、ポコンと軽い音がしてそれがオモチャだと気がついたのだ。

 それに気づいて『おや?』と思った俺は、そこでようやく通り魔たちが自分よりはるかに小柄なことにも気がついた。その後に聞いた声の調子から言っても、子供に間違いがない。しかも片方は女の子だ。

『……つまり、通り魔は無差別暴行を狙ったんじゃなく、お前が天澤奏多だとわかってて、脅かそうとしただけの子供ふたり組だと』
「はい」
『うーん。でも、だからって警察に届けなくてもいいってことはないだろう。暴行する意図がなかったとしても、相当悪質だ。もしかしたら芸能人を狙って悪戯をしかける、動画配信者ってことも考えられる。他の芸能人が狙われる可能性だってあるんだから、やっぱり警察に届けるべきだ』
「いや、たぶんそれはないと思います」
『どうして?』

 その質問にどう答えていいものか考えあぐねていると、『犯人に心当たりがあるのか?』とズバリ尋ねられた。

「まだわからないんですけど……もしかしたら、そうかなって」

 四谷さんは『誰だ、それは』と何度も聞いてきたけれど、まだ確証がないので口に出すのはためらう。

「はっきりしたらすぐに連絡しますから、とりあえずちょっとだけ待っててください」
『でもお前、そんな悠長に構えてて危なくないのか?』

 心配してくれる四谷さんに「大丈夫です」と言い切り、俺は半ば強引に通話を切った。
 一応報告だけと思って話したけど、なんだかよけいな心配をかけただけになってしまった。申し訳ない。

 反省していると、手に持っていたスマホが今度はメッセージの着信音を報せた。四谷さんからだ。

【さっき言い忘れたけど、大河内さんがお前に『迷惑をかけてすまない』って伝えて欲しいって】

 上品にしわを刻んだ大河内さんの温和な笑顔を思い出して、胸が少し痛んだ。仕事に真摯で誰より現場の仲間を大切にしている彼のことだ、今回の騒動で映画の公開が未定になってしまったことをとても申し訳なく感じているに違いない。