「……わからない。でも、ずっと前は雪がいっぱい降るとこにいた」

 わからない? 雪のいっぱい降るとこ?
 体がそんなに汚れていないからさほど遠くないとこから来たのかと思っていたけど、もし
かしたらドルーはとんでもない長旅をしてきたんだろうか。
 降雪地域から西も東もわからずさまよっているうちに、東京へ来てしまったとか? そん
な馬鹿な。

「何日くらい飼い主探してさまよってたんだ?」
「うーん……わかんない」
「飼い主って子供がいる家族?」
「オレのリーダーはカナ。一緒に暮らしてたのはカナとカナの家族」

 結局、ドルーの答えからはもとの飼い主に繋がる情報はなにも引き出せなかった。言葉は
通じるのに、なんとももどかしいなあ。

「迷い犬ってどうすればいいんだろ……」

 途方に暮れながらスマホで情報を探していると、ふいに画面が電話の着信表示に代わって
コール音が流れ出した。慌てて通話にすると、マネージャーの四谷さんからだった。

『もしもし、おはよう、四谷だ』
「おはようございます」
『今日のクイズ番組の予定なんだけど、その……』

 四谷さんは言い難そうに、予定していたクイズ番組の収録がなくなったと伝えてきた。映
画の宣伝を兼ねて大河内さんと共に出演予定だったので、まあ……悲しいけど仕方ないだろ
う。

『だから今日はオフでいいから。あーできればあんまり外には出ない方がいいな。例の件で
週刊誌の記者も大河内さんを嗅ぎ回りだしたから、お前も張られてるかもしれない。変に動
いて誤解されるような写真撮られないように気をつけろよ』

 そのうえ外出まで制限とは、なんたるとばっちり。思わず特大のため息をつきそうになっ
たけれど、こちらも報告しなくてはいけないことを思い出して、口を開きなおした。

「四谷さん。実は俺、昨夜帰り道で通り魔に襲われそうになったんです」
「はぁ!?」

 電話の向こうで驚いた声をあげた四谷さんは、俺が昨夜の顛末を語ると『なんですぐに警
察と僕に連絡しないんだ!』と怒鳴った。
 四谷さんにすぐ報せなかったのは、確かに俺の失態だ。ドルーのことに気が向いてしまっ
ていて、すっかり忘れていた。
 けれど、警察に連絡するのを躊躇していたのは理由がある。

「警察はちょっと待ってもらえますか。たぶん、犯人に殺意や暴行の意図はなかったと思う
んです」