そのとき、道路側に立っている看板がふと目に留まった。木でできた観光案内の看板。「家族や友人と一緒に温泉に行こう」と謳ってあるそれは、下にロシア語の訳が書いてある。きっと小樽がロシアのナホトカ市と姉妹都市だからだろう。
珍しくもない、ただの観光案内。けれどその中のひとつの単語に、どうしてか胸がドキド
キと疼いた。
「……друг(ドルーク)……」
ロシア語で――友達。知らないはずの単語の意味が、自然と頭の中に浮かぶ。
「カナタ、どうした? どこか痛いのか?」
呆けたように看板を眺めて立っている俺に、ドルーが心配そうに話しかけてきた。俺は夢
から覚めたようにハッとして、しゃがんでドルーの顔や首をワシャワシャと撫でる。
「なんでもない。楽しいなーって感動してただけ」
ドルーは安心したように「そうか! オレも楽しい!」と笑うと、両前脚を俺の肩にかけ
てじゃれついてきた。俺は尻もちをつきながらドルーを抱きとめ、銀色の体を夢中で撫でた。
ドルーと出会って一年。まだたった一年なのに、俺はこいつが好きでたまらない。時々は
喧嘩もするけれど、誰より大切でかけがえがなくて、俺の――永遠の友達。そんな存在のよ
うな気がするんだ。
「ドルー、大好きだよ。きっとまた来年も、ここに来よう。ここだけじゃない、いろんなと
ころに一緒に行こう。ずっとずっと一緒にいよう」
フカフカの銀の毛に包まれたドルーの頭を抱きしめると、クンクンされたあと顔を舐めら
れた。
「大好き。カナタ、大好き」
俺の顔をベタベタに濡らしながら、ドルーはめいっぱい甘える。そんなストレートな愛情
表現が、かわいくて愛おしい。
暁の雪原は凍りつきそうなほど寒かったけれどドルーのフカフカの体は温かくて。俺は明
日も明後日も何年先も、こんな幸せが続きますようにと願った。
おわり