「悪いんですけど、すこーしだけお母さんのこと見ててもらってもいいですか? 今日来る
はずだったヘルパーさんが来られなくなっちゃって。スーパーと薬局に行きたいんだけど…
…三十分くらいでパパっと済ませてきちゃいますから」

 なるほど、訪問を快諾してくれたのはそういう理由だったのかと納得する。

「緊急時の対応さえ教えていただければ、全然構いませんよ。なにかあったらすぐに連絡し
ますから、慌てないで用事済ませてきちゃってください」

 ヘルパーさんや旦那さんも力を貸してくれているとはいえ、主に久宝さんの面倒を見てい
るのは美沙子さんだ。なかなか自由に動けないし気の休まるときもないのだろう。さぞかし
大変だと思う。
 まさか図々しく訪問したことがこんな展開になるとは意外だったけれど、少しでも美沙子
さんの助けになるのならぜひ協力したい。
 
 美沙子さんは何度もお礼を言って、慌ただしそうに買い物へ出ていった。久宝さんはトイ
レを済ませたばかりだし、もうすぐ寝そうだと言っていたので、小一時間くらいならきっと
俺が見ていても大丈夫だろう。

「久宝さん、こんにちはー」

 一階の最奥の部屋のドアをノックして、そっと開く。今日は人間のドルーが一緒だから、
驚かないといいけど。

 前回と同じように久宝さんは軽く背を起こしたベッドの上にいた。ただし前回と違って、
今回はこちらに無反応だ。ぼんやりと天井を見つめている。

 眠いのかな?と思った俺は、美沙子さんが用意してくれていた椅子をベッドの脇に持って
きて、ドルーと並んで座った。それでもやっぱり久宝さんは無反応だ。

「ドルー、こちらが久宝桜子さんだよ」

 小声で伝えると、ドルーは無言のまま頷いた。訓練の甲斐あってか、それとも緊張してい
るのか、キョロキョロもせずにただ口を引き結んで座っている。

 秋の昼下がりの時間は、遅々として進んだ。
 庭の池に反射した太陽の光が部屋に差し込み、天井に映ってゆらゆらと揺らめいている。
久宝さんは目を細めていて、起きているのか寝ているのかわからない。寒くも暑くもない心
地。ときどき聞こえるのは鳥のさえずりくらいで、こちらのほうがだんだん眠くなってきた。
そのとき。

「……あ」

 窓の外に、お菊がやって来た。今日は中に入りたがる様子はなく、ただ窓越しに久宝さん
を見つめている。