なにをそんなに熱心に見ているのだろうと気になって、俺は門扉までの飛び石を外れ少し
だけ松の木に近づいてみる。お菊がじっと見つめ続けているのは、部屋の窓……いや、窓越
しの久宝さんの姿だった。

 飼い主が心配で見守っているのか、それとも昔のように彼女の膝で甘えたくて希うように
見つめているのか。俺にはわからない。ただお菊は静かに、金色のまなこに久宝さんの姿を
映し続けていた。

 戻ってきた俺に、四谷さんが「なんかあったか?」と尋ねた。「久宝さんの部屋を見てま
した」と俺が答えると、四谷さんは「寂しいのかもなあ」と同情するように言って、飛び石
の上を歩いていった。


 四谷さんに「おつかれさまでした」と挨拶をして車に戻ると、ドルーはラゲッジスペース
でおとなしくおすわりをして窓の外を見ていた。俺が「ただいま」と声をかけても、「うん」と答えるだけで、窓の外を見続けている。

「どうかした? 待ってるうちに気分悪くなっちゃったか?」

 温度管理もしていったし、もし何かあれば人間になって連絡するようにスマホも渡してあ
った。一応万全の態勢で留守番させていたつもりだったけれど、それでも問題があっただろ
うかと心配になり、後部座席に身を乗り出してラゲッジスペースまで移動した。

 けれどドルーは特に具合が悪い様子でもなく、ただ窓の外をながめている。

「窓の外になにかいるの?」

 ドルーの隣に並んで、同じ方向に視線を向ける。窓越しに見えるのは駐車場のブロック塀。
そして塀の向こうに見える久宝さんの家と、松の木と……お菊の姿だった。

「あの猫……ずっとあそこにいる」
「うん、久宝さんちの飼い猫だよ。お菊って名前だって」
「……お菊、苦しそう」
「苦しそう?」

 不思議なことを言いだしたドルーに、俺は目をしばたたかせる。ここからお菊の姿は小さ
くしか見えないのに、そんなことがわかるのだろうか。

「苦しそうってどういうこと? お菊、病気なのか?」
「わかんない。でもお菊のこと見てると、オレも苦しくなる。苦しいのが風みたいに流れて
きて……すごく悲しくて嫌な気持になる」

 そう言ってドルーはキュ~ンと鳴いた。尻尾は怯えるように丸まっている。そんなドルー
を見てなんだか不安になった俺はすぐさま運転席に戻って、「もう行こう。出発するよ」と
エンジンをかけた。

 駐車場を出て景色が遠ざかっても、ドルーはしばらく尻尾を丸めたまま窓の外を眺め続けていた。