「今日は天気もいいし海の方に行こうか。でもその前にちょっと行かなくちゃいけないとこ
ろがあるんだ」
「どこだ? 買い物? おやつ買う……買いますか?」

 人型になったときに人間らしく振舞う練習をしているせいで、最近ドルーは丁寧語も覚え
始めた。けれど使いどころがまだよくわからないらしく、時々こうして不意に使っては俺を
笑わせる。

「おやつは買いません。先週ホームセンターでいっぱい買ったばっかりだろ。まったく、食
いしん坊なんだから。今日行くのはよそのお宅、久宝さんっていう俺の大先輩のおうちだよ。病気をして入院してたんだけど、つい最近退院されたんだ。でもまだ自宅で療養中だから、今日はお見舞いにね」

 俺の説明を聞いて、ドルーは黙ってしまった。もしかしてドライブの前に用事があること
が不満なのだろうかと思い、ミラー越しにチラッと後ろを窺う。けれどドルーはどこか神妙
な様子で「入院……」と呟くと、俺に言った。

「入院、うんとうんと大変。苦しくて、注射いっぱいして、二度としたくない。久宝、かわ
いそう……」

 どうやら以前にぶどう中毒で動物病院に入院したときのことを思い出し、久宝さんに同情
しているようだ。ドルーのときと久宝さんの入院とでは色々状況が違うのだけども、入院が
大変なことに変わりはないのでそこは黙っておく。

「それでな、俺が久宝さんに会ってる間ちょっとだけ車で待ってて欲しいんだけど……でき
る?」

 さすがに初めてお邪魔するお宅に犬は連れていけないので、留守番をお願いする。楽しみ
にしているドッグランが後回しになることを嫌がられるかと思ったけれど、ドルーは思いの
ほか素直に「わかった」と答えた。

「久宝、元気になるといいな」

 そんなドルーの言葉に、俺は密かに感激する。社交辞令なんかじゃない、心からの言葉。
 見ず知らずの他人を思いやれるドルーは、本当に優しい。俺はドルーのそういう純真なと
ころがすごく好きだ。

「きっとすぐに元気になるよ。そうしたらいつか、ドルーも一緒に会いに行こうな。すごく
素敵な人なんだ」

 そんな日が早く来ることを願って、俺は久宝さんの家に向かう道を車で走り続けた。


 首都高を使うことおよそ四十五分。東京と隣接している千葉の市にある久宝さん宅に到着
した。