二十四年間生きてきた中で今日が一番最悪の日だと、俺は深夜のひとけのない住宅街を全
速力で走りながら思った。

「なんで……なんで俺ばっかこんな目に遭うんだよ!」

 白い息と共に口から嘆きがこぼれたが、だからといってなんの救いにもならない。俺を追
いかける足音は速度を緩めることなく、すぐ後ろに迫っている。

 時刻は深夜一時少し前。終電で帰ってきた俺は最寄り駅から家に向かう途中、突然暴漢に
襲われた。
 本当にワケが分からない。公園の前を通りかかったとき、まるで待ち伏せをされていたよ
うに、顔をゴリラのゴムマスクと怪獣のゴムマスクで隠したふたり組にバットで殴り掛から
れたのだ。

 間一髪で避けたものの、ふたり組は逃げ出した俺を追ってきた。
 人から恨みを買った覚えはとりあえず、ない。だとすると無差別の通り魔だろうかと考え
るものの、ふたり組はやたらしつこかった。全力で逃げる俺を、同じく全力ダッシュで追い
かけてくる。まるで〝お前を絶対ぶん殴る〟と硬く決心しているみたいに。

「うわ、あぁあっ!」

 この辺で逃げこめる場所はないだろうかと必死に考えながら走っていたら、側溝に足を取
られてコケた。暗くて蓋が開いているのが分からなかった。最悪だ。側溝の底に溜まってい
た泥水が、凍るような冷たさと共にじんわりと足首まで染みてくる。

「ばーか、コケてやんの」

 嘲笑う声が頭上から降ってきて、ハッと顔を上げる。そこには俺を見降ろすゴリラと怪獣
のふたりが立っていた。

 ――俺、死ぬんだろうか。こんなワケ分かんないヤツらに撲殺されるんだろうか。
 芸能生活最大のブレイクチャンスがポシャったうえ、通り魔に殺されるとか。ツイてない
にもほどがある。俺、たぶん、日本で今日一番かわいそうな男だと思う。

「調子に乗ってんじゃねーよ」

 ゴリラマスクの方が、バットを振り上げながら言った。
 なんのこと? 俺、調子に乗ってた? っていうか、やっぱ無差別じゃなくて俺を狙って
たのかよ。っつーか、あんた誰だよ。

 言いたいことは山ほどあるけど、口に出している余裕はなかった。俺の頭に振り下ろされ
るだろうバットに身構え、とっさに頭を両腕で庇う。
 ――そのとき。

「カナ!!」

 誰かが俺を呼んだ気がした。いや、呼んだ。ハッキリと。