月のかけらを見たことがあるだろうか。
それは透き通っていて、薄く青白くて、少し冷たい。硬くて、脆くて、なによりも甘い。
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夜空に浮かぶ月が砂糖の塊であると知ったのは、5歳の時。こんなにも甘いもので溢れている世界が幸せで、その幸せの根っこがどこにあるのか、知りたくなったからだ。
お父様が月を削る事業に携わっていると知ったのも、この時だった。
まだ人類が、月が甘いことを知らなかった頃は、月はずっと満月だったそうだ。人間が月を食べ始めてから、月は満ち欠けを始めた。削れた月は、星々の間を通り過ぎる際に、少しずつその身をもらって、また元の姿に戻っていく。
「もし、みんなでお月様を食べすぎちゃったらどうなるの?」
と言うわたしの質問に対して、お母様はこう答えた。
「そうならないようにするのが、お父様の仕事なのよ」
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1センチ四方くらいのかけらは、飴玉のように舐めることができる。ピリリと甘く、香りは無い。「甘味」という感覚が、ダイレクトに脳に伝わる。「甘い」ということは、「幸せ」ということ。しかし、この結晶は少々甘すぎる。水が欲しいくらいに甘い。
世界の甘さの元を直接食べようなどという愚か者は、おそらく全世界でわたしだけだろう。
厨房から、小袋いっぱいに頂いてきたかけらを前に、ため息をつく。フランソワにこんなに甘いものを渡したら、きっと鼻血が出てしまう。でも、1人で食べきるにはちょっと多すぎる。
小袋を前にして悩んでいると、突然ドアがノックされた。
びっくりしながら返事をすると、お母様が部屋に入ってきた。お母様、どうされましたの。と聞くと、特に用事は無いのだけど。と言って、微笑んだ。
そのままお母様は、何も言わず、何もせずに、じっとわたしを見つめてから、部屋から出ていった。
我が親ながら、相変わらず不思議なことをする人だ。そんなことを思いながら、わたしは次のかけらを口に入れた。