「ケビン。今朝の返事だが、少し時間がかかってもいいから是非前向きに考えて欲しいそうだ。あちらのご令嬢がお前に気に入られるように努力すると」
「ふーん。勝手にすればいい」

 俺を職場で見かけた親父がお見合い話をぶり返してきたので、俺は気のない返事をした。
 努力するだかなんだか知らないけど、どうせ会えば今までのご令嬢達と同じ反応だろう。
 向こうが勝手に期待してきたくせに、向こうが勝手に失望する。俺には関係ないことだ。

 しかし、ちょっと気になるのはご令嬢本人が俺に気に入られるように努力するってところだ。
 努力? どこの誰だか知らないが、手紙攻撃でもしてくるつもりだろうか。

 俺は研究所内の見学はやめて、慣れた道を進み敷地に併設された蝶園へと向かった。

 蝶園には様々な品種の魔法蝶がいる。魔法蝶とは、普通の蝶とは違って魔力を持つ蝶だ。
 俺は魔虫を飼育するのが趣味だけど、一番のお気に入りは魔法蝶なんだ。

 蝶園の中のベンチに腰を下ろすと、俺は今日出会ったあの転校生の事を思い返してみた。
 記憶を辿ったけれどやっぱり俺の人生にあんな美少女との接点はない。間違いなく彼女は何かを勘違いしている。

 しばらく魔法蝶を眺め、葉に付いた幼虫の成長具合をチェックしてから今度は夕闇エリアへと向かった。夕闇エリアは意図的に光を遮断している区域で、夕闇が落ちた頃のように薄暗い。たが、一歩中に入ると幻想的な光が溢れた。

 赤、青、白、緑……。

 やわらかな光は色を(まと)い、ふわふわと羽ばたく。
 これは魔法蝶の特徴の一つで、彼らは暗闇の中で光りを放つんだ。数年前までは白一色だったけれど、俺の趣味が高じて色々と餌や環境を変えていくうちに様々な色を放つようになった。

『わぁ、宝石みたいね』

 昔、一時期だけよくこの蝶園に遊びに来ていた少女の言葉を思い出した。
 たまたま公園で遊んでいたときに出会ったその少女は、ベンチを歩くコガネ虫を見て虫が怖いと泣いていた。だから、怖くないよと教えてあげようと思ってここに連れて来たら、光を見て笑顔になってそう言ったんだ。

 もう八年も前のことだ。だいぶぽっちゃりしていたけど笑顔は可愛い子だったな。親の仕事で引っ越すと言って最後の日にはやっぱり泣いていたっけ。