俺は既に平均レベルの騎士なら五人相手に闘えるほど強い。それなのに、その俺を毎回半殺しに出来るフレッドはなかなかのものだ。まぁ、俺もそのフレッドを毎回半殺しにしてるがな。
 そして毎日のように俺とフレッドの両方の特訓に付き合っているマークは実は同年代の騎士の中では完全に無双状態だったりする。

 今日は危うく負けそうだった。いや、今日()かな。とにかく、明日も負けられないと俺は剣と魔術の腕を磨くのだ。とりあえずの目標は、完全無詠唱で魔術を発動出来るようになることだ。



 
 家に帰ると、ふわりとした花の香りが鼻腔をくすぐった。玄関ホールには豪華な花が生けてあった。

「お帰りなさいませ、ケビンさま」
「ただいま、スザンヌ」

 スザンヌは俺の顔を見るといつものように嬉しそうに駆け寄ってくる。

 学園を卒業して少し経った一年程前に、俺はスザンヌと結婚した。
 俺の予想通り、三回も断ったお見合い相手はスザンヌだった。スザンヌは古くから外交官を担う名門侯爵家のご令嬢で、身を寄せていたのは彼女の家に仕える家令の屋敷だったようだ。
 あの時、親父は侯爵家から申し入れられたお見合いを断るに断れなくて、本当に困っていたらしい。

「今日は何をしていたの?」
「お友達のお茶会に誘われて行ってきましたわ」
「へえ。楽しかった?」
「はい! 旦那さまから貰った贈り物で一番嬉しかったものをみんなで話し合ったのよ。私、もちろん蝶の話をしたわ。みんな宝石やドレスは貰っても、自分をイメージした蝶を貰った方はいなかったわ」

 一緒に食事をとりながら嬉しそうに語るスザンヌは未だにあの事を勘違いしたままでいる。まあ、俺がその勘違いを正すことは一生ないだろう。

「ただ、一つ羨ましいなと思う贈り物がありまして……」
「なに?」

 もじもしとするスザンヌに、俺は言いやすくするように出来るだけ優しく笑いかけた。スザンヌの希望は出来るだけ叶えてあげたい。

 食事を終えて部屋に戻る途中、スザンヌはかつて付き合い始めた日のように俺の袖をひきしゃがむように促すと、耳元に内緒話をするように手を当てた。

「さっきの話なのですけど」
「うん?」
「そろそろ赤ちゃんが欲しいです」

 予想外のおねだりに目を瞠った。スザンヌは耳までまっ赤にして俺を見上げている。