これはとあるキチガイ令嬢の俺に対する執着心を叩きのめすためにやったのだとはとても言い出せない。っていうか、なんでスザンヌがこの蝶を持っているんだ?

 俺の嫌な予感は最早確信に変わりつつあった。

 彼女は何かを勘違いをしている……。

 いや、それはいいんだ。
 俺が一回とは言えキチガイ令嬢から逃れる為にこんなゲスなことをしたと知られればスザンヌに幻滅されかねない。純粋なプレゼントと勘違いしてくれてむしろ助かった。だが問題はこっちだ。

 俺は重大な勘違いをしていた!!


    ◇ ◇ ◇


 執務机に向かって魔術書を読んでいると、外の闘技場が騒がしくなってきたのに気付いて俺は顔を上げた。
 時計を見ると時刻は昼過ぎ。今日もあいつがやって来たようだ。

 俺もそろそろ行かないと逃げ出したなどと在らぬ噂を流されると思い、重い腰を上げた。

「ケビン=サルマン! 怖じけづいて逃げ出したかと思ったぞ! 今日こそ、真に強いのはどちらなのかわからせてやろう」

 観客が大勢集まった中で闘技場の中央に立ち、声高々に叫ぶのは王国第一騎士隊所属のフレッド=アルティスだ。もう三年間、休日以外はほぼ毎日繰り返されている光景に思わず苦笑してしまう。

「せっかく髪が伸びてきたのにまた焦げて短くなっちゃうかもよ?」
「っく! お前こそ地べたに這いつくばって情けなく泣くなよ?」

 日々の恒例行事なので手慣れた様子で騎士隊の隊員が試合開始の合図をかける。
 目にも留まらぬスピードで仕掛けてきたフレッドは日々確実に速くなっている。間一髪で避けたが王国魔導師団の制服である防護術が掛かったケープを簡単に切り裂いた。

『烈火柱』

 俺の一言だけの詠唱でフレッドの足元から業火の火柱が上がった。しかし、フレッドはそれにも関わらず剣を握ったまま俺に向かってくる。心身ともにかなり魔術への耐性がついているようだ。
 剣を構えて受け止めたが、一撃で物凄い衝撃だった。恐らく普通の入隊したての騎士や魔導師なら受け止めたタイミングで腕の骨がやられただろう。

『雷撃』

 俺の短い詠唱に合わせて今度はフレッドめがけて雷が落ちる。凄まじい雷鳴が轟き、閃光がフレッドを覆った。

 俺は勝負ありと見て油断した。