よく聞きとれずに聞き返すと、スザンヌは頬を赤くした。
 背の高い俺に少ししゃがむように服の袖を引かれたので膝を屈める。スザンヌは俺の耳元に内緒話をするように手を添えて顔を近づけた。

「手を繋ぎたいです」

 耳にスザンヌの吐息が当たってぞくぞくした。俺は慌てて自分の手を、着ていた服の裾でごしごしとこすった。

 そっと重なった手をスザンヌが緩い力で握り返してくる。柔らかくてすべすべしてる。

「私、もしかしたらケビンさまを困らせてしまうかもしれません。きっとお付き合いする中で色々とケビンさまに我が儘を言いますわ。だから、私が我が儘を言い過ぎたら愛想を尽かしてしまう前に叱って下さいませ」

 スザンヌは俺を見上げてちょっと困った顔をした。
 
 我が儘? どんな我が儘だろう?? 聞いてはあげたいけど、あんまりにも酷いと流石に無理かもしれない。俺は聞く覚悟を決めてごくりとつばをのんだ。

「……例えばどんな?」
「例えば、またには一緒にお昼を食べたいとか」
「うん」
「調理実習で作ったものは毎回ケビンさまに食べて欲しいとか」
「うん」
「朝起きたら一番に私を思い浮かべて欲しいとか」
「うん」
「まだまだ沢山ありますわよ? 我が儘でしょう?? だから、我慢ならないときは言って下さいね」
「……うん」

 肩からどっと力が抜ける。
 どうやら俺がスザンヌを叱る日は一生来なそうだ。スザンヌは会話をしながらも華奢な手でずっと俺の手を緩く握りしめていた。女の子の手って小さいんだなって思った。

 大丈夫だよな?
 俺、手汗かいてないよな?
 ベトベトしてないよな??

 そんなことばっかりが頭に浮かび、十分の道のりはあっという間に終わってしまった。

 
    ◇ ◇ ◇


「おはよう、スザンヌ」
「おはようございます、ケビンさま」

 毎朝、屋敷の前まで迎えに行くとスザンヌは笑顔で俺に駆け寄ってくる。はっきり言ってちょっと学園に行くには遠回りになる。でも、スザンヌが嬉しそうに俺に駆け寄ってきてちょこんと手を握ってくるのが可愛くて、早起きするのも全然苦にならなかった。

 家を出る前に鏡の前で寝癖がないかを念入りにチェックして、髪形を整える。
 毎日お決まりのように剃り残しがあった髭はつるつるにそり上げる。まぁ、俺の髭は元々が薄いんだけどな。