「実は、フレッドさまから焼き菓子を頂戴と調理実習前に言われてしまいまして。でも私はケビンさまに差し上げたかったので、あのような嘘をついたのです。イルゼも知っていますわ」

 イルゼと言うのは確かあの時スザンヌが話していたお友達の名前だ。そんなことより、フレッドにくれって言われたけど俺にあげたかったから隠してたって言ったんだよな? 

 そっちの方が大事件だ。
 小さな袋の中には今日学校でフレッドがフレッド親衛隊から貰っていたのと同じ焼き菓子が入れられていた。それを見て俺の胸は高鳴った。

「ありがとう、スザンヌ嬢。凄く嬉しいよ」
「いえ、お口に合えばいいのですが」

 頬をバラ色に染めたスザンヌは俺を見上げて微笑んだ。凄く嬉しそうだ。

 彼女歴=年齢の恋愛偏差値ゼロの俺にもなんとなくわかる。
 たぶん、スザンヌは俺に好意を持ってくれている。ここは俺が行かなければならない場面なんじゃないか? 俺は人生で一番の勇気を振り絞った。

「スザンヌ嬢!」
「は、はいっ」

 俺のあまりの勢いにスザンヌは授業中に怖い先生に当てられたときのような返事をしてビシッと固まった。

「俺と……、俺と付き合ってくれ!」

 驚いたように目を瞠ったスザンヌ。それから徐々に頬に赤味がさし、花が綻ぶようにふわりと微笑んだ。

「はい。私でよろしければケビンさまの恋人にしてください」

 その時のスザンヌの可愛さたるや、きっと蝶の妖精ですら嫉妬したと思うよ。
 まあ、そんな甘い言葉を俺がスザンヌに直接言えたわけはないんだが、そこは察してくれ。



 帰り道、俺はスザンヌ嬢を自宅まで送っていく事にした。
 両親がまだ外国にいるスザンヌが今身を寄せている屋敷は蝶園から歩いて十分程らしい。魔虫研究所の門を出るとやけに豪華な馬車が一台だけ停まっていた。今日は親父の元に国の要職者でも来ているのかもしれない。

「俺、スザンヌ嬢はフレッドのことが好きなんだと思ってた」
「まあ! 酷い勘違いですわ!! 私、あの方は強引で傲慢(ごうまん)なのではっきり言って嫌いです。いつも怒りを爆発させないように抑えるが大変で。油断したら怒鳴ってしまいそう」

 隣を歩くスザンヌは心底嫌そうに顔を顰めた。