そんな中、スザンヌに女友人が声を掛けたので俺は全神経を耳に集中させた。恐らくこの時、クラスメートの男のほぼ全員が耳を澄ましていたはずだ。

「あ、私食べちゃいました」
「え? あんなに沢山あったのに?」
「ええ。お腹がすいちゃいまして」

 スザンヌは女友達の顔を見てフフッと笑った。その瞬間、教室には残念なようなホッとしたようななんとも言えない空気が広がる。

 隣の席ではフレッドが貰った焼き菓子の数を数えていた。一、二、三、四、…、七。全部で七個あるらしい。つまり、俺の言うところの〝見る目がない女〟が同じ学年に最低七人いるってことだな。
 言うまでもないが、俺には一つもなかったよ。




 帰宅後、俺は急いで魔虫研究所に向かった。スザンヌが昼間、放課後に行こうかなって言っていたから、もしかしたら来るかもしれないと思ったんだ。
 入り口の警備員は息を切らした俺に目を丸くしていた。ゼイゼイ言いながら挨拶して、まっすぐに蝶園に向かった。

 入り口から中を覗くと、小さな子供を連れた母親が蝶を見ているのが見えた。どうやらスザンヌはまだ来ていないようだ。俺は少しワクワクするような気持ちを落ち着かせるため、いつものように幼虫の様子を観察して回った。
 今のところ魔法蝶の発光色で表現できていない色の一つに紫がある。赤く光る魔法蝶と青く光る魔法蝶のエサを混ぜればいいのかと色々試したがうまくいかない。今日は初めて用意する葉っぱの上に幼虫を移動させてみた。幼虫は少し葉の上を動き回ると、モグモグと歯を食べ始めた。

 どれくらい夢中になっていたのだろう。俺は「ケビンさま」と鈴が転がるような可愛らしい呼びかけでハッとした。

「本当に来てしまいました」

 俺のすぐ近くにははにかむスザンヌがいた。
 制服ではなく、貴族令嬢が着るようなドレスを着ている。でも、スザンヌの名乗った名字である『メディカ』なんて貴族は聞いたことがない。もしかしたら高位爵位の屋敷に仕えている家なのかもしれないと思った。
 クリーム色のシンプルなドレスは実用性も兼ねているように見える。
 制服姿も可愛いけど、ドレス姿のスザンヌもめちゃくちゃ可愛かった。

「ケビンさまは幼虫のお世話ですか?」
「うん。趣味なんだ」