源内の注文を受け、荒熊さんが早速コーヒーを淹れ始める。

 お湯で温めたサーバーとドリッパーを用意し、ペーパーフィルターをセット。荒熊さん特製ブレンドのコーヒー豆を挽いたコーヒー粉を入れ、お湯を少し注いで蒸らす。
 源内は濃いコーヒーが好みなので、蒸らしはじっくり長めに。
 十分に蒸らし終わったら、いよいよ抽出。真ん中から円を描くように、ゆっくり途切れることなくお湯を注いでいく。

 そうやって荒熊さんがコーヒーを淹れている間に、志希はスコーンをオーブントースターで温めていく。最適な温め具合は荒熊さんがマニュアル化してくれているから、志希はそれに倣ってオーブントースターを操作するだけ。今日が仕事始めの志希にも十分こなせる。
 ホカホカサクサクに温まったスコーンをお皿に盛り、梅ジャムを入れた小皿を添えれば、スコーンの準備は完了だ。

「荒熊さん、スコーンの準備できました」

「ありがとう。こっちもできたよ」

 荒熊さんから、淹れ立てブレンドコーヒーのカップを受け取り、志希はスコーンと一緒に源内へ給仕する。

「お待たせしました。ブレンドコーヒーとスコーンです」

「うん、ありがとう」

 源内が読んでいた本をカウンターテーブルに置き、志希にお礼を言う。
 カウンターテーブルに注文の品を並べた志希は、何の気なしに源内が読んでいた本に目を留めた。どうやら、短歌集のようだ。

「短歌、お好きなんですか?」

「妻の影響でね」

 志希が訊くと、源内は一際優しい顔でそう答えた。どうやら源内は、愛妻家であるらしい。

「さてさて、それでは荒熊さん自信作の梅ジャムをいただくとしようかな」

 源内は温かいスコーンを割って梅ジャムをひと匙塗り、パクリと頬張る。その顔は、すぐに満足げにほころんだ。

「なるほど。確かにいい出来だ。今年も絶品だね、荒熊さん」

「恐縮です」

 梅ジャムを絶賛する源内に、荒熊さんが殊勝な態度で応じる。
 いつものお気楽極楽な荒熊さんとのギャップに、志希は思わずお盆で顔を隠して笑ってしまった。