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「すまない、志希ちゃん。実は、うちで受けていた部品製作の仕事のひとつが、元請業者の倒産で突然打ち切りになってしまって……。今いる職員を守るだけでも精一杯の状況で、君のことを雇えなくなってしまった。本当に、申し訳ない……」


 卒業式からの帰り道。志希がスマホ越しに聞いたのは、中年男性の悔しさを滲ませた謝罪の言葉と、内定取り消しの通告だった。


 電話の相手は、志希が内定をもらっていた町工場の社長だ。

 ちなみにこの町工場、志希の母・愛希も生前に働いていた職場で、志希も小学生の頃から会社主催のバーベキュー大会などにお呼ばれしていた。当然、社長とも既知の間柄だ。とても温厚かつ社員とその家族を大事にする人で、志希もいつも優しくしてもらった。愛希が亡くなった際にも、葬式の手配など会社を上げて志希をサポートしてくれたくらいだ。


 志希が高卒で就職するつもりである話をした時も、「だったら、うちに来ないか? 私も社員のみんなも、志希ちゃんなら大歓迎だよ」と手を差し伸べてくれた。

 そんな社長の人柄を知っているからこそ、志希も内定取り消しのショックより、社長と会社の心配の方が先に立ったくらいだ。


「社長の私が至らないばかりに、本当に申し訳ない。しかも、直接会って謝ることもできずに……。君には、どれだけ謝っても謝り切れない。もう愛希さんに会わせる顔もないよ……」


「いえ、そんな……。社長さんは、まったく悪くないです。お気になさらないでください」


 何度も謝罪の言葉を繰り返す社長へ、志希も見えないとわかっていつつも手やら首やらを振って応える。

 電話での通達となったのも、おそらくは直接会う暇もないほど多忙を極めているからだろう。事実、電話越しに聞こえる社長の声からは、隠せない疲労の色が見て取れた。きっと連日、寝る間も惜しんで社員を守るために奔走しているに違いない。


「私の方は大丈夫です。仕事はまた探せばいいだけですから。それより、社長さんも体を壊さないよう気を付けてくださいね。社長さんに倒れられたら、社員さん達が困ってしまいますよ」


「志希ちゃん……。――ああ、そうだね。ありがとう。気を付けるよ」


 それからも社長は何度も志希に謝り、電話を切った。

 通話を終えたスマホを見つめながら、志希はフゥと一つ息を吐いた。

 正直に言えば、内定取り消しは志希にとって大きな痛手だ。ショックも大きい。

 しかし、志希は社長のことを恨んではいなかった。そもそもこれまで幾度となくお世話になってきた人だし、今回の件は完全に事故のようなものだ。社長を恨むのは筋違いだろう。


「消えてしまったものは仕方ありません。こうなったら、また一から頑張りましょう!」


 明るくそう言って、志希はスマホを握り締めた手を晴れた空に向かって振り上げた。


 ――そう。降りかかった不幸は大きかったものの、志希もこの時はまだ前向きにいられたのだ。


 しかし、一度転がり出した不幸という名の雪玉は、なかなか止まってはくれないものだったらしい。しかも、転がる度にその大きさをどんどん増していくようで……。

 つまり、志希に降りかかった不幸は、これで終わりではなかった。