俺は、妖精に呼ばれた気がする。

          ◇

 どうしたわけか、俺は小さな神社の前に立っていた。
 左手にはレジ袋。さきほど寄った、すぐそこのコンビニで買ったビールが四缶、入っている。

 500mlが四本。つまり2L。
 500ml缶を四本飲め、と言われたら大したことない気がするが、2Lのビールを飲め、と言われると飲めないこともないが難しい気がする。
 いや、2Lだと水でもキツい。いやいや、水なら無理だがビールならいける、と言うべきか。
 そんな馬鹿なことを考えながら、俺は鳥居をくぐった。

 スーツの内ポケットから財布を取り出す。二つ折り財布の小銭入れのところを見てみると、幸いにも五円玉があったので、それを二本の指でつまんだ。
 五円玉はご縁がある、ということでなんとなく賽銭には五円玉が欠かせない気がするので、あってよかった、と思う。そういえば十五円だと、十分ご縁がある、ということなんだっけか、と十円を追加してつまんだ。

 ポイ、と賽銭箱に向けて投げると、カタカタと木に当たる音がしたあと、チャラっと小銭同士がぶつかる音がした。
 つまり、(から)ではないらしい。こんな小さな神社だけれど、他にも賽銭を投げ入れる人間がいるようだ。

 二礼二拍手一礼。
 俺は一般的な儀礼を済ませて、祠に背を向ける。
 神社といっても、緑豊かな土地にあるような厳かなものではないので、なんとなく参拝するのが気恥ずかしくて、足早にその場を離れる。

 俺はいったいなにをしているんだろう、と自問自答してみる。
 今日は部長と二人で、この流川に飲みに来た。

 地獄だ。

 延々と続く、「昔はのう」とか「今のやつらは」とか「ワシの若いときゃあ」とかいう長い話に、「そうですね」「はい、わかります」「すごいですね」と相槌を打つ仕事だ。
 部長は割と金払いはいいほうなので、今日は一銭も使っていないのが救いか。それを今日の日当ということにしよう。

 三軒目の店は繁盛していたようで、客の入れ替わりが激しく、カウンターの端っこで二人で並んで座っていたのだが、満席だったため何度か客が扉を開けては諦めて出て行く、ということを繰り返し、ホステスさんたちの視線がなんとなく厳しくなってきたところで、少々強引に部長を連れて店を出た。

 部長の、「よーし次行くかー!」という恐怖の言葉に、さすがに手を振った。

「いやもう、俺は限界まで飲みましたよ。それにこの時間じゃ、開いている店もないんじゃないですか」
「お、もうそんな時間か」

 と、本当に見えているのかどうかわからないけれど、部長が腕時計を見た隙に手を上げ、タクシーを停めた。
 そしてフラフラしている部長を一人、タクシーの中に突っ込んだ。この突っ込んだ、という表現は、かなり正しいと思う。
 有無を言わせず、俺はタクシーの中に向けて、腰を折った。

「では今日はありがとうございました、ごちそうさまです」
「おう、お疲れー」

 と部長が手を上げたので、ほっと安堵の息を吐く。これなら大丈夫だろう。
 タクシーから少し離れるとドアが閉まり、発進していく。念のため見えなくなるまでその赤いテールランプを見送ってから、俺は歩き出した。
 酔い覚ましのために水でも買うか、と近くのコンビニに向かう。

 明日は休みだ。なにをしよう、と考える。
 たぶん午前中は二日酔いで動けないだろうけれど、せっかくの休みの一日を、なにもせずに過ごすのはもったいないような気がする。

 三年ほど前までは彼女がいたので、休みとなれば彼女と過ごした。というか、彼女が俺の1Kの部屋に勝手にやってきて、なにをするでもなくまったりと過ごすことが多かった。
 それはそれで居心地はとても良かった。長年過ごした老夫婦のような関係で、そのうち結婚するのだろうな、と漠然と考えていた。
 結果的に、それは俺だけの都合だった、ということが判明するわけだが、当時の俺はそう考えていたのだ。