美代子おばさんは、なんというか、自由な人だった。
だからだろうか、私のこともすんなり受け入れてくれた。
かといって、私のためになにか母親めいたことをすることもなかった。
料理をすることもない。一緒に食事をしたのも数えるほどで。洗濯物は各自で近くのコインランドリーを使うように言われた。一応洗濯機はあったけれど、使っていない様子だった。掃除だって少し気を抜くと部屋中散らかってしまっている有様で。
学校のことも訊いてこない。友だちと遊んで少し遅くなっても、なにも言わない。ピアスをしていようが派手な服を着ていようが、何一つ文句は言わなかった。
美代子おばさんの部屋に転がり込んだ次の日のことだ。美代子おばさんは、ポイと机の上になにか小さなノートのようなものと、カードを一枚投げた。
通帳とキャッシュカードだった。
「最初じゃけえ多めに入れとるけど、それでいろいろ買いんちゃいね。無駄遣いしんさんなよ」
通帳を開いてみると、二十万円、の記載があった。
「え、こんなに」
「最初はいろいろ物入りじゃろ? ほいじゃけ来月からは五万にするけえね。バイトもしよるんじゃけ、大丈夫じゃろ。あ、言うとくけど、食費とか電車代とかも入っとるんよ」
「あ、ありがと。もしかして、お母さんからも……?」
私がおずおずとそう言うと、美代子おばさんはハッと鼻で笑った。
「まさか。姉さんがそんなんするわけないわ」
「ほうよね……」
私にお金が掛かり過ぎる、と追い出されたようなものなのだ。もう私に余計なお金を使う気はないのかもしれない。
親戚なだけの美代子おばさんがサラッとこんな大金を渡してくれるなんてにわかには信じられなくて、母が援助したのかと思ったけれど、それはどうやら見当違いのようだ。
「でもまあ、高校の授業料は払ういうて言いよったけえ、そこは安心しんちゃい」
「そうなんだ」
前日、お母さんと電話で話をしたときに、そのあたりの話は済ませたのだろう。
私はほっと息を吐く。学費も払わない、となったら私は高校に行けなくなる。遊び回ってはいたけれど、友だちもいるし、学校に通うこと自体は好きなのだ。
よかった。高校だけは卒業できそうだ。
「グダグダ言いよるけえ、面倒じゃったわ。はあたいぎゅうてやれん」
美代子おばさんは、頭を掻きながら、そんなことを言う。
ということは、学費を出すと決まったのは、美代子おばさんのおかげなのだろうか。
母は渋ったけれど、美代子おばさんが説得したのだろうか。
「あ、あの、ありが……」
「とにかくウチは面倒なことは嫌いじゃけえ。それは覚えといて」
礼を言う暇もなく、美代子おばさんは私をビシッと指差しながら、ぴしゃりと言った。
「ここに住むけえいうて、ウチのご飯作ったりとかせんでもええけえね。ウチのことは放っといて」
「え、でも」
「ええ、ええ。面倒くさい。ウチは仕事に全振りしとるけえ、家じゃ抜け殻なんよ」
ひらひらと手を振りながら、そんなことを言う。
でも、ここにこれから暮らすというのに、お世話になりっぱなし、というのはいかがなものだろうか。
やっぱり家事くらいはするべきなのではないだろうか。
もしかしたら、私に気を遣ってそう言ってくれたのだろうかと最初は考えたのだけれど、すぐにそれは違うとわかった。
バイトはそのまま続けたけれど、やっぱりいつどこでお金が掛かるかもわからないし、慣れないながらも自炊しよう、とお米を買ってきたり、調味料を買ったりした。そういったものが、美代子おばさんの家にはなかったからだ。
そうしてなんとか作ったご飯を「食べる?」と声を掛けると、ちらりと見たあと、
「ウチのことは放っといて言うたじゃろ?」
と不機嫌そうに言われた。そして、ぷい、と自分の部屋に入ってしまった。
けれど残ったおかずがいつの間にか少なくなっていたり、味噌汁を飲んだあとなのであろうお椀がシンクに投げ出されていたりはときどきしていたので、まったく食べたくない、というわけでもないらしかった。
ちなみに、そうして使った食器は、一度も洗われていたことはなかった。
洗濯も、せっかく洗濯機があるのだからと洗剤を買ってきて日曜日に回したら、
「うるさいわ。あと、洗濯機使うんじゃったら、ウチにも訊きんさいや。ついでに洗ってくれてもええじゃろ」
と言われたので、次に訊いたら、
「ウチのことは放っといて」
とまた言われた。
いったいどうしろと、と口ごもっていると、
「言いたいことがあるんなら、はっきり言いんさいや。ウジウジするんは嫌いよ」
と怒られた。
そうして暮らしているうちに、なんとなく接し方がわかってきて、三ヶ月もすると扱えるようになってきた。
とにかく面倒なことが嫌い、というのは正にその通りらしかった。
初日に見かけた、ノーメイクに黒縁メガネに上下のスウェット、ぐしゃぐしゃの髪を無造作に後ろで一つに束ねている、というのはいつものスタイルで、部屋の中でそれ以外の格好を見たことがないくらいだった。
時間を決めて食事をするのは嫌。食べたいときにたまたまあるのは嬉しい。掃除は嫌い。でも勝手に綺麗になっていると嬉しい。言われて嫌なことはすぐに言い返せ。裏でこそこそと不満を溜め込んでいるのはムカつく。
そんなことが徐々にわかってきて、私は文句もすぐに言ったし、言い返されたし、勝手にしたし、勝手にされた。
同じ部屋に住んでいるのに、生活サイクルはまったく違っていて、まるで二世帯住宅みたいだな、と思ったけれど、ときどきは重なり合って、話をする。
「なんでトイレットペーパーなくなったら入れ替えてくれんのん」
「無いなったら替えよるじゃろ」
「五センチ残すん、やめんさいや」
「あーうるさいうるさい。それくらいやっときんさいや」
「それくらい、言うんなら、できるじゃろ?」
「あーもう、たいぎいわ」
そんなくだらないことを言い合ったりもした。
けれど次からはちゃんと替えるようにはなったので、一応、私の話は聞いてくれているようだった。
美代子おばさんは、嫌な気持ちを次の日に引きずらない。
それがわかってからは、私は伸び伸びと生活できていたと思う。
自由で。気難しくて。マイペースを絵に描いたような人で。
『勘当』されたのも、どうしてなのかなんとなくわかるような気がする。
けれど私は美代子おばさんの部屋が心地よかった。
だからだろうか、私のこともすんなり受け入れてくれた。
かといって、私のためになにか母親めいたことをすることもなかった。
料理をすることもない。一緒に食事をしたのも数えるほどで。洗濯物は各自で近くのコインランドリーを使うように言われた。一応洗濯機はあったけれど、使っていない様子だった。掃除だって少し気を抜くと部屋中散らかってしまっている有様で。
学校のことも訊いてこない。友だちと遊んで少し遅くなっても、なにも言わない。ピアスをしていようが派手な服を着ていようが、何一つ文句は言わなかった。
美代子おばさんの部屋に転がり込んだ次の日のことだ。美代子おばさんは、ポイと机の上になにか小さなノートのようなものと、カードを一枚投げた。
通帳とキャッシュカードだった。
「最初じゃけえ多めに入れとるけど、それでいろいろ買いんちゃいね。無駄遣いしんさんなよ」
通帳を開いてみると、二十万円、の記載があった。
「え、こんなに」
「最初はいろいろ物入りじゃろ? ほいじゃけ来月からは五万にするけえね。バイトもしよるんじゃけ、大丈夫じゃろ。あ、言うとくけど、食費とか電車代とかも入っとるんよ」
「あ、ありがと。もしかして、お母さんからも……?」
私がおずおずとそう言うと、美代子おばさんはハッと鼻で笑った。
「まさか。姉さんがそんなんするわけないわ」
「ほうよね……」
私にお金が掛かり過ぎる、と追い出されたようなものなのだ。もう私に余計なお金を使う気はないのかもしれない。
親戚なだけの美代子おばさんがサラッとこんな大金を渡してくれるなんてにわかには信じられなくて、母が援助したのかと思ったけれど、それはどうやら見当違いのようだ。
「でもまあ、高校の授業料は払ういうて言いよったけえ、そこは安心しんちゃい」
「そうなんだ」
前日、お母さんと電話で話をしたときに、そのあたりの話は済ませたのだろう。
私はほっと息を吐く。学費も払わない、となったら私は高校に行けなくなる。遊び回ってはいたけれど、友だちもいるし、学校に通うこと自体は好きなのだ。
よかった。高校だけは卒業できそうだ。
「グダグダ言いよるけえ、面倒じゃったわ。はあたいぎゅうてやれん」
美代子おばさんは、頭を掻きながら、そんなことを言う。
ということは、学費を出すと決まったのは、美代子おばさんのおかげなのだろうか。
母は渋ったけれど、美代子おばさんが説得したのだろうか。
「あ、あの、ありが……」
「とにかくウチは面倒なことは嫌いじゃけえ。それは覚えといて」
礼を言う暇もなく、美代子おばさんは私をビシッと指差しながら、ぴしゃりと言った。
「ここに住むけえいうて、ウチのご飯作ったりとかせんでもええけえね。ウチのことは放っといて」
「え、でも」
「ええ、ええ。面倒くさい。ウチは仕事に全振りしとるけえ、家じゃ抜け殻なんよ」
ひらひらと手を振りながら、そんなことを言う。
でも、ここにこれから暮らすというのに、お世話になりっぱなし、というのはいかがなものだろうか。
やっぱり家事くらいはするべきなのではないだろうか。
もしかしたら、私に気を遣ってそう言ってくれたのだろうかと最初は考えたのだけれど、すぐにそれは違うとわかった。
バイトはそのまま続けたけれど、やっぱりいつどこでお金が掛かるかもわからないし、慣れないながらも自炊しよう、とお米を買ってきたり、調味料を買ったりした。そういったものが、美代子おばさんの家にはなかったからだ。
そうしてなんとか作ったご飯を「食べる?」と声を掛けると、ちらりと見たあと、
「ウチのことは放っといて言うたじゃろ?」
と不機嫌そうに言われた。そして、ぷい、と自分の部屋に入ってしまった。
けれど残ったおかずがいつの間にか少なくなっていたり、味噌汁を飲んだあとなのであろうお椀がシンクに投げ出されていたりはときどきしていたので、まったく食べたくない、というわけでもないらしかった。
ちなみに、そうして使った食器は、一度も洗われていたことはなかった。
洗濯も、せっかく洗濯機があるのだからと洗剤を買ってきて日曜日に回したら、
「うるさいわ。あと、洗濯機使うんじゃったら、ウチにも訊きんさいや。ついでに洗ってくれてもええじゃろ」
と言われたので、次に訊いたら、
「ウチのことは放っといて」
とまた言われた。
いったいどうしろと、と口ごもっていると、
「言いたいことがあるんなら、はっきり言いんさいや。ウジウジするんは嫌いよ」
と怒られた。
そうして暮らしているうちに、なんとなく接し方がわかってきて、三ヶ月もすると扱えるようになってきた。
とにかく面倒なことが嫌い、というのは正にその通りらしかった。
初日に見かけた、ノーメイクに黒縁メガネに上下のスウェット、ぐしゃぐしゃの髪を無造作に後ろで一つに束ねている、というのはいつものスタイルで、部屋の中でそれ以外の格好を見たことがないくらいだった。
時間を決めて食事をするのは嫌。食べたいときにたまたまあるのは嬉しい。掃除は嫌い。でも勝手に綺麗になっていると嬉しい。言われて嫌なことはすぐに言い返せ。裏でこそこそと不満を溜め込んでいるのはムカつく。
そんなことが徐々にわかってきて、私は文句もすぐに言ったし、言い返されたし、勝手にしたし、勝手にされた。
同じ部屋に住んでいるのに、生活サイクルはまったく違っていて、まるで二世帯住宅みたいだな、と思ったけれど、ときどきは重なり合って、話をする。
「なんでトイレットペーパーなくなったら入れ替えてくれんのん」
「無いなったら替えよるじゃろ」
「五センチ残すん、やめんさいや」
「あーうるさいうるさい。それくらいやっときんさいや」
「それくらい、言うんなら、できるじゃろ?」
「あーもう、たいぎいわ」
そんなくだらないことを言い合ったりもした。
けれど次からはちゃんと替えるようにはなったので、一応、私の話は聞いてくれているようだった。
美代子おばさんは、嫌な気持ちを次の日に引きずらない。
それがわかってからは、私は伸び伸びと生活できていたと思う。
自由で。気難しくて。マイペースを絵に描いたような人で。
『勘当』されたのも、どうしてなのかなんとなくわかるような気がする。
けれど私は美代子おばさんの部屋が心地よかった。