中に入ると、二階の涼介の部屋に、俺たちは腰を下ろした。

「なぁ、涼介」

俺は涼介と、話しをしなければならない。

今日彼が見せてくれたことに対する、返礼のようなものだ。

今その話をしなければ、俺はきっと後悔する。

「なに?」

かすれたような電灯の下で、涼介を見上げる。

俺は涼介のこと、ちょっとは気に入って……。

「おい」

俺は体を起こした。

涼介に触れようとして、その指先が頬をすり抜ける。

「なに、どうしたの?」

涼介は俺の手をつかんだ。

それを自分の頬に押し当てる。

俺はその顎を持ちあげた。

「お前、アズラーイールとの約束に、何を差し出した?」

「は? 何って、よく覚えてないんだよね」

悪魔との契約は書面に残るが、天使との約束は、全て口約束だ。

「弟が死んで、すごく悲しくて、その前にも色々あって、そんな時に、夢に天使が現れて、俺は誓ったんだ。もう誰も、泣かなくていいようにして下さいって」

その悲しみの全てを引き受けた涼介の顔に、いま違う種類の影がさしている。

「だから俺は、今が平穏で無事に過ごせることに、感謝してる。あの時の夢が、夢じゃなかったことに」

その手を振り払う。

俺は立ち上がった。

「急用が出来た。お前は大人しく寝てろ」

驚く涼介を残して、俺は空へ飛び上がった。

昼間より、風が強くなっている。

足元に広がる人間の灯りが、神の作りし天空の星よりも明るい。