「俺以外に、話す相手とかもいなくってさ、高校じゃちょっといい人ぶってるけど、あの頃は、面白かったよなぁ」

一人くすくすと、思い出し笑いをする山下に、俺は軽いため息をつく。

「『やべぇ、涼介、お前の母ちゃんが出たぞ!』とかいって、リアル鬼ごっこ! 町中を逃げ回ってさ、あっち行ったぞ! とか、こっち来た! とか言って、楽しかったよなぁ。目的はコイツだからさ、俺たちは捕まっても、適当に涼介の居場所を嘘ついてればよかったんだ。そしたら母ちゃん、ブチ切れして、それがまた面白いんだって」

皿に残っていた最後の一本を、山下は自分の口に放り込む。

「今頃もう一回やれって言われたら、ゴメンだけどさぁ、あれはあれで、楽しかったよな。な? 涼介、お前もそうだっただろ? なぁ、お前の母ちゃん、今どうしてんの? 元気にまだ走り回ってんの?」

「今は、父さんと田舎で暮らしてる」

「なんだよぉ、つまんねぇなぁ。また会いたいって、言っといて」

山下は笑う。

その顔で、俺を見下ろした。

「で、この話し、いくらで買ってくれる? 続きは聞きたくない?」

俺は、フンと鼻息をならした。

「いくら欲しい」

「なぁ、獅子丸、もういいって」

「そうだな、いくらにしよう、10万くらいお前にとっては楽勝だもんな、15万とか、20万くらいでどうだ?」

俺は、目の前にあった皿をつかむと、山下に向かって投げつける。

それは頬骨に当たってはね返った。

切り裂かれた山下の頬に、赤い血が流れる。

「次はその目をつぶしてやるからな」

山下は舌打ちを残して、立ち上がった。

コイツ、どういうつもりだ。

スヱに使われていたとしても、意味が分からん。

「獅子丸」

涼介は小声でつぶやく。

「ありがとう。だけど、もういいよ。さっきのは、全部本当のことだから。俺を知っている人は、みんな、知ってる」

立ち上がる涼介に続いて、俺も立ち上がった。

「帰ろう。今日はもう、疲れた」

すっかり暗くなった夜道を、自転車で走る。

涼介は一人先を走っていて、俺は静かにその後を追いかける。

涼介は家に着くまで、何も話さなかったし、俺も何も言わなかった。

どこか遠くで、腐ったような卑下た笑い声が聞こえる。