「さっさと食えよ。俺はもう食べ終わったぞ」

そう言ったあとで、涼介はぱっと顔を上げた。

「あれ、もしかして、あいつ地獄にいるの?」

「いや。なぜ地獄にいると思った」

涼介からの返事はない。

俺は、俺の隣を指差した。

「ここにいる」

その瞬間、弟は姿を消した。

涼介は肺の中の空気を全部吐いて、ため息をつく。

「なんだよ、聞いてたのか」

「もういなくなった」

「……。よかった」

厚い雲の切れ間から、日が差し込む。

外で食事をするには、ちょうどいい天気だ。

「俺のしゃべったこと、一佐に聞こえてた?」

「いや」

俺は首を横に振る。

「死者には、生者の声は届かない。生者にも、死者の声は届かない。世界を分かつ者同士は、その境界線は、越えられないんだよ」

適当な嘘をついたら、涼介はそれを信じた。

「そっか。残念だな」

「話しがしたかった?」

首を横に振る。

「いや、もういいんだ」

俺は黙って弁当の続きを食べた。

涼介は時々何かを話し、俺はそれに相づちをうつ。

とても静かで、特別な時間だったように思う。

邪魔をする奴らは、もういない。

俺は生まれて初めて、何かに遠慮したような気がした。

涼介の作った弁当はそれなりに美味しくて、だけどそれは、少し淋しい味がした。

「帰りも自転車か?」

「そうだよ」

涼介は、今日のような命日ではなくても、気が向けばここへ来ていたみたいだった。

それは彼にとっては気晴らしのようなもので、どんな時にでも、手作り弁当を持参したらしい。

俺は空を見上げた。

ここから見上げる空は、きっと涼介や他の奴らから見たら、また違う空なんだろうな。