その日の夜、俺は涼介の部屋に忍び込んだ。

アズラーイールの気配は、今はここにない。

きっとあの天使を介抱するために、天界に戻っているのだろう。

チビ天使の死肉を喰ったという魔物は、いまだ俺のところへ、一匹たりとも現れていない。

アズラーイールは、あの天使を守りきった。

二階の窓をノックする。

ガチャリと音がして、開けてくれたのは涼介だった。

「お帰り」

それは俺に向かって言うセリフではないと思ったけど、そのまま桟を越えて中に入る。

「よかった。獅子丸が来てくれて」

定位置となっていた場所に、腰を下ろす。

なんだかとても、この場所が懐かしい気がした。

「すごく、疲れたんだ。最近」

「うん」

散々嫌がっていたマグカップを、涼介は俺の前に差し出した。

中には、俺が不味いと言った紅茶が入っている。

もしかして涼介は、俺が来るのを待ってくれていたんだろうか。

涼介は、黙って牛乳を注ぐ。

俺は少し冷めていたそれに、口をつけた。

「ゴメン」

「なにが?」

そう言ったら、涼介は笑った。

俺はごろりと床に寝転がる。

「なんかもう、色々と面倒くさくなってきちゃってさぁ。俺もう、早く帰りたい」

涼介の大きな手が、そっと俺の髪に触れた。

「どうして神さまは、悪魔の方から人間には触れられないようにしたんだろう。悪魔がいくら触れたくても、触ってもらえないと、それが出来ないなんて」

俺はため息をつく。

そんなものが悪魔に必要だなんて、考えたこともなかった。

「涼介がいるから、俺はそれでいい」

小さく古びた家の片隅の、この部屋には涼介の悲しみが染みついている。

俺はそれに引かれたのかもしれない。

このままずっと、単なる人間と悪魔のままで、涼介の寿命がやってくるのを待つのも、悪くはないのかもしれないと、そう思った。