涼介は、俺に背を向けた。

うつむいたまま、ゆっくりと歩き出す。

俺は指先に、力を集めた。

きっと兄さんたちなら、そうするだろう。

迷わず、簡単に、やってのけるだろう。

それが出来ない俺に、だから父さんは、試練を与えたんだ。

人間の心臓から作られた、下等な、出来損ないの、ダメな俺に、それをやってこいと。

涼介の背中が、街角に消えた。

きっと教室に戻るんだろう。

このままその建物ごと破壊したら、涼介は一緒に死んでしまうんだろうか。

そうしたら涼介の魂だけではなく、数多くの人間の魂が一度に手に入る。

そう考えただけで、今の自分がこんなに遠回しな手法で契約を取ろうとしていることが、とてつもなくくだらないことに思えた。

どうして俺は、こんなことをしているんだろう。

俺は指先に集めた力を抜いた。

何にもしていないのに、随分と疲れている。

きっと魔界の毒気から、しばらく遠ざかっているせいだ。

「獅子丸さま?」

スヱは、俺を見上げた。

「獅子丸さまはどうして、それほど涼介との契約にこだわるのですか?」

「父さんからの、命令だからだ。殺しても、魂を奪うことは出来る。だけど、契約を交わした魂とは、価値が違うんだ。父さんは、俺にそれを望んでいる」

そう、だから俺は、ここにこうしているんだ。

それ以外に、何も考える必要はない。

「面倒なご命令ですね。それに何の意味があるのか、私には分かりません」

戻りたい。

俺はいま、猛烈に戻りたい。

だけどその帰戻るべき場所が、どこなのかが思い出せなかった。