古びた狭い小さな家だ。

カビの生えたような特有の臭いに混じって、不思議な臭いがする。

これは何の臭いだろう。

涼介はキッチンに入ると、冷蔵庫を開けた。

すぐにそれを閉じると、俺を振り返る。

「大人しく帰れ」

「無駄だ。契約を取れないと、帰れない」

「リーマンかよ」

「リーマンとは、なんだ」

俺はメモを取り出す。

「会社員! 社会人ってこと!」

「『社会』とは、人間の行う共同生活のことだ。社会人とは、人間全般のことを言うのではないのか? そこにまた、何かの区別でもあるのか?」

返事がない。

俺が顔を上げると、妙な臭いのするチューブを、涼介は握りしめていた。

「さっさと帰らねぇと、このにんにくチューブをぶっかけるぞ!」

「やめろ!」

キャップを開けただけで、あたりに妙に味付けされたような、ちょっとおかしなにんにく臭が広がる。

「そんなもん、悪魔じゃなくたって、人間でもぶっかけられたら嫌だろうが!」

「うるせー、この際そんなことはどっちだっていいわ、とっとと出て行け!」

「くっそ」

立ち去れと言われたら、立ち去らねばならない。

別に契約が成立しているわけじゃないから、まだ完全に言うことをきく必要もないんだけど!

「分かったよ、分かった!」

俺は追い立てられるまま二階に駆け上がると、窓の桟に手をかけた。

「今日のところは退散しよう。だけど契約してもらうまでは、あきらめないからな!」

涼介の目は、にんにくチューブを握りしめたまま、再び俺をにらんだ。

挨拶代わりに、チッと舌打ちしておく。

どうせ人間ごときが、俺さまの相手ではない。

涼介はピシャリと窓を閉める。

俺は次の作戦を考え始めた。