「悪魔公爵、ウァプラの放った矢か。めんどくせー」

アズラーイールは、その傷跡にキスをした。

新たな祝福だ。

だけど、アズラーイールクラスごときの中級天使が、父さんのつけた傷跡に祝福を授けたところで、その痕跡など消えはしない。

天使は涼介の後頭部に残る矢の跡を、指でゴシゴシとこすった。

「い、痛い」

それでも消えない傷跡に、コホンと一つ、わざとらしい咳をしてから、アズラーイールは俺を振り返った。

「ま、そうだよな」

「当たり前だ。お前らごときの力で、父さんの蹟が消せるわけないだろう」

涼介の頭に刺さった矢を、知ることはできても、抜くことにはためらったはずだ。

魔界のものに触れただけで、それだけで自分たちが汚れると、大騒ぎするような連中だ。

涼介は怖れるように、そんなヘボ天使を見上げる。

「あなたには、なにか懐かしい感じがします。前にもどこかで、会ったことが、ありますよね」

アズラーイールは、真っ直ぐに伸ばした人差し指を口元に当てた。

「思い出さなくてもいい。無理に思い出そうとそれば、それは間違った思い出になる」

「なぜ、いまここに?」

アズラーイールの目は、じっと涼介を見つめる。

「君を助けにきた。今それが、君にとって必要だからだ。君の迷いは、あいつらには分からない」

「あ……ありがとう、ございます。俺はきっと、あなたが来てくれるのを、ずっと待っていたような気がします」

俺の触れた、涼介の記憶の部分だ。

思い出せないのか。

それが祝福の力か。

アズラーイールは、俺を振り返った。

「あー、こうしてわざわざ俺が出てきてやったんだ。そのあたりの配慮はお願いしたい」

「父さんの矢がこいつに刺さったんだ。俺だってそう簡単には引けない」

その俺の言葉に、涼介はぱっと顔を上げる。

「どういうことだ。やっぱり獅子丸は、俺の魂が、俺との契約が、目的だったってこと? やっぱり、騙そうとしたってことなのか?」

「あ、当たり前だろ! 俺は悪魔なんだから!」

騙してはいない。

悪魔の契約に、嘘はない。

涼介の目が、俺をにらんだ。

それを信じるか信じないのかは、涼介自身の問題だ。

涼介は深いため息をつくと、うつむいて何度も首を左右に振る。