それからの俺は、大人しく人間の生活に馴染むよう努めた。

初めての人間界、というわけでもないが、この先のことを考えると、人間の生活と行動を知っておくことは、無駄ではない。

悪魔の世界は、単純だ。

強い者が勝つ。

それだけだ。

お互いの力の差は歴然としていで、それで全ての順位が決まる。

はっきりしない場合には、戦えばいい。

たとえその者自身に腕力はなくとも、智恵や能力で強力な従者を従えていれば、それでもよかった。

気に入らなければ、殴ればよかったし、腹が立ったら、殺してもよかった。

それでも悪魔同士がすぐに殺し合いにならないのは、天界の住人という共通の敵がいるからだったし、たとえば俺みたいに、父さんというより強いものからの報復を怖れる場合もあった。

ヘタに殴り合いをして、自分が傷つけば、他の奴らから狙われやすくなるとか、そんな危険もある。

自分にとっての利益と、不利益と、その両方を天秤にかけ、よりうまい汁を吸える方をとる。

それが全てだ。

数学や理科の授業は面白かった。

特に生物と化学と物理。

人間は魔法を使えない代わりに、こうやって普遍的な事実を積み上げて、それを利用していくのだと知った。

何も考えずに、ただ答えを受け取るだけの問題よりも、異なる楽しみがある。

歴史や社会も面白かった。

間抜けな人間どもの、ばかばかしい記憶と試行錯誤の産物だ。

だけど国語だけは、全く意味が分からない。

ごちゃごちゃと言い合いを続けているだけの、人間だけの自分勝手な妄想ばかりで、何をしたいのかがよく分からない。

こんなものを読まされているより、魔道書を読んでいる方が、よっぽど役に立つ。

「獅子丸!」

涼介が俺に話しかける。

俺はそれに応える。

涼介は俺が何か特別に面白いことを話さなくても、笑いながらそれに応えた。

俺にはそれの何が、そんなに笑えるのかが分からない。

それでも俺は、涼介のマネをして、同じタイミングで笑った。

涼介はそんな俺を見て喜ぶ。

「涼介。俺に、もっと人間のことを教えてくれ」

人間界の空は、魔界の空のように美しい。

この世界の空は、きっとどこかでつながっている。

「俺は、人間から生まれた悪魔だ。だけど、人間のことは何も知らない。自分がどこから生まれたのか、それを知りたいんだ」

「じゃあ、俺の言うことを素直に聞ける?」

「聞く」

 涼介は笑った。