制服のズボンの裾を降ろし、俺は前を向く。

小さな川の両岸はコンクリートで固められ、その隙間をわずかな水量で流れるだけの水路を、川と呼ぶとは、バカバカしい。

「獅子丸」

その声に、俺は涼介を振り返る。

涼介は何かを言おうと必死で考えていたが、それを結局は、あきらめたようだった。

「痛いときは、ちゃんと痛いって言うんだ」

「涼介は痛い時に、わざわざ『痛い』というのか? そんな告白をされても、他人にはどうしようもない」

「手当てくらいは、してやれる」

「俺には不要だ」

もう一度、裾を持ちあげて見せる。

アザは半分にまで減っていた。

「誰も何も必要ない」

街を行く人々は、誰もが楽しそうで、とても幸福そうに見えた。

誰も怪我なんかしていないし、傷ついてもいない。

悲しくもなければ、孤独でもない。

だけど俺は、ここでこうやって涼介と並んで座っていても、ただ座っているだけの存在なんだ。

「俺はさ、今は一人で暮らしているけど、本当は、一人にはなりたくなかったんだ」

涼介は、ぼそりとつぶやいた。

「母さんが死んで、父さんは再婚した。俺には弟が出来て、それまではずっと一人っ子だったから、ちょっとヘンな気分だった」

古い、涼介の記憶。

俺はのぞき見た涼介の、記憶の一部を思い出す。

あの、ヘンなお香の匂いだ。

その匂いは、涼介の記憶を呼び戻す。

「かわいかったよ。なんとなくだけど、懐いてくれたし、俺には弟が出来て、うれしかった。獅子丸には、兄弟はいる?」

「……。兄が、何人か」

「だけどさ、すぐに癌だって分かった。小児癌って、進行が早くてさ、あっという間だったよ。俺はまた一人になった」

涼介は、庭で泣いていた。

あの古い小さな家は、まだ新しくて、比較的きれいだった。

一階の部屋には、その弟の遺体が横たわり、二人の男女がそこで泣いていて、涼介は庭の外に出ていた。