「……獅子丸が、最初にうちに来たときは、本当に驚いたんだ。誰だよこいつって。頭のおかしくなった不審者が、勝手に窓から侵入してきたのかと、本気で思った。学校に来ても、ワケ分かんないし、ただのヘンな奴だなって」

「あぁ、悪かったな」

それは俺にとっても、恥ずかしい黒歴史なのかもしれない。

「自分は悪魔だと信じてる、超絶イタイ奴だと思った。友達になりたいから契約しろとか、どんだけかわいそうな奴なんだろうって」

夜風が頬をなでる。

俺はその夜の風に、嗅覚を研ぎ澄ませた。

アイツらがくるとなったら、のんびりしてはいられない。

「だけど、獅子丸は本当に悪魔だったんだな。ようやく分かったよ」

「あぁ、信じてくれたのなら、それでいい」

「だけどまぁ、何て言うか……、その、うん。ありがとう。なんだかんだで、俺は、獅子丸に助けてもらったような気がする。色々と、なんか、悪魔だけど」

本物の聖人なんて、それこそわがまま天使の、極々希少な気まぐれの産物だ。

俺は今、貴重な人間を目の前にしている。

涼介こそ、この俺が手に入れるに相応しい、魂の持ち主だ。

涼介は、俺に向き直った。

「多分、だけど、これからも、よろしくな」

「あぁ、もちろんだ」

差し出された手を前に、俺は自分の手を差し出す。

涼介は並んだ二つの手を見て、どうしていいのか分からず、おかしな顔をしているから、俺は彼の手を握った。

握ろうとしたその手は、涼介の手をすり抜ける。

「あぁ、そっか。悪魔は、人間には触れられないんだったな」

彼はにっこりと微笑んで、俺の手を握り返した。

「じゃあな、また明日」

「うん」

俺が涼介に手を振ったら、涼介も振り返してくれた。

こんなに気分がいいのは、久しぶりかもしれない。

俺は興奮冷めやらぬまま、魔界の屋敷へ戻った。

「サラン! お前には、分かっていたのか?」

エントランスホールに飛び込んだ俺に、サランは微笑む。

「初めて、本物をご覧になったのではないですか?」

「あぁ、全く分からなかったよ。驚いた」

数十年に一度、現れるか現れないかの聖人だ。

そう言われれば確かに、涼介の魂は他の人間よりわずかに大きく、光度も高い。

「他よりちょっと立派なだけの、珍しい魂かと思ってたよ」

「まぁ、そういう場合もございます。生命力の強い人間や、強運を持つ人間であれば、あのような魂であることも、ありえますので」

サランは脱いだ制服の上着を受け取る。

「中級程度の天使が、気まぐれに授けた祝福なのでしょう、あの魂の持ち主は。獅子丸さまのトレーニング用に、ちょうどよいものを見つけてくださいました」

ダイニングルームからは、焼いたばかりの肉の香りが漂う。

「腹が減った。食事にしよう。人間界の不味い飯は、俺の口に合わないんだ」

俺は意気揚々と、足取り軽く食事へと向かった。