「天使の、祝福……。この俺が?」

「そうですよぉ」

涼介は、スヱの話しにかじりつく。

「て、天使の祝福って、どんなの?」

「えぇえっっ?」

スヱは俺の顔色を窺う。

俺は仕方なくため息をつく。

「キスだ、キス。口づけってやつだ」

そう言うと涼介は、なぜか顔を赤らめて、手で口元を覆った。

「お、俺の、ファーストキスが……」

「口同士と決まっているわけではない」

「そうなの?」

スヱはひたすら、目の前に積まれた食い物に夢中だ。

「それで、どうなるの?」

「どうって、別に」

「なにか、恩恵みたいなことは、ないわけ?」

俺はじっと、涼介の目を見つめた。

「天使のおぉぉ、祝福を受けた人間はっ、その天使のひごかあぁぁっ……」

俺はスヱの口を塞いだ。

これ以上余計なことを話されても困る。

唇の皮が繋がったスヱは、もがもがと声にならない声を出した。

「その夢を見てから、お前の何かが変わったか?」

その言葉に、涼介はじっと考え込む。

「いや、特には何も……」

「そういうことだ。特に意味はない」

俺が立ち上がると、涼介もそれに促されるように立ち上がった。

「もういいだろ、帰ろう」

「スヱ、さん、は、どうするの?」

涼介がそう言って振り返ると、スヱは自らの長く伸びた鋭い爪で、自分の塞がれた口の皮を引き裂いた。

滴り落ちる血を舌で舐め取る。

「せっかくなんでぇぇえ、ごちそうを全部いただいてから、帰りますぅぅう」

俺たちはようやく、油の臭いと、人間の体臭とが充満した店から外に出た。

すっかり日の落ちた通りを、並んで歩く。

涼介はずっと黙ったままだった。

人間の作りだした街の灯りはチカチカとまぶしくて、すぐ脇を通り抜ける車の類いからは、ガソリンを燃やした後のガスが、絶え間格噴き出されている。

涼介は、何を考えているんだろう。

悪魔の俺でも、人間が何を考えているのかは分からなくて、その横顔をちらりと見上げる。

いまの涼介には、他のことはきっと何にも見えていない。

涼介の吐く息が、音となって聞こえてきた。

「なんで獅子丸は、俺だったの?」

涼介は、ふいに口を開いた。