魔界の屋敷に戻った俺は、涼介のぶよぶよとした脳に触れた感触が、まだ残る手を見つめている。

俺はそれを、開いたり閉じたりしながら、じっと見ている。

あいつの脳に触れたことで、記憶の一部が知れた。

「おかえりなさいませ」

俺とサランしかいない広大な屋敷で、サランは俺を出迎える。

「矢は上手く抜けましたか?」

「あぁ、それはなんとか」

見上げると、サランはいつものようにそっと微笑む。

俺はその変わらぬ微笑みに、昔からずっと、癒やされもすれば、傷つきもしていたんだったな。

サランからは、何も読み取れない。

それがいいのか悪かったのかも、俺はいまだに判断できずにいる。

「父さんは?」

ふとそう言っておいてから、俺は自分で自分が恥ずかしくなった。

「……。この世界の、どこかにおいでですよ」

「いや、いいんだ」

父の気配など、探せばすぐに分かった。

いつも遠くから見ることは許されても、自分から話しかけることは許されない。

俺が近寄ろうとすれば、そばに控える魔物たちが立ちふさがった。

「少し、調べ物をしてから寝るよ」

「かしこまりました」

薄暗い廊下を、図書室に向かって歩く。

その部屋には魔界中から集められた魔道書が、部屋全体を埋め尽くす棚に、びっしりと詰め込まれていた。

俺は幼い時から、この部屋で一番多くの時間を過ごした。

嫌な事も辛いことも怒りさえも、ここに一人で立てこもってやり過ごした。

本のページを開けば、その間だけは何もかも忘れられた。

そういえば、涼介も本を読んでいたな。

俺はつい数時間前に、奴から取り上げて放り投げた本のことを思い出した。

何を読んでいたんだろう。

月明かりに照らされた、書架の一冊に目をとめる。

この魔法書のページを開けば、読みたい本の中身を簡単に写し出すことができる。

あの涼介が読んでいた本の中身も……。

俺はその背表紙に指をかけ、すぐに元に戻した。

人間の読むようなくだらない本など、俺が気にするまでもない。

ましてや攻略すべき対象である涼介に、同調してどうする。

あいつの読んでいた本を知ったところで、なんの役にも立たないだろう。

俺はアイツを支配するのだ。

「人間の心を操るもの」いま必要な能力は、これだ。

俺はそれに関する魔界の研究書数冊を手にとると、寝室へと引き上げる。

持ってきた数冊の本をベッドに投げ出すと、俺はそこにごろりと横になった。

人間界の空気は、ここより少し濁っていて、少し息苦しい。

にぎやかで騒がしくて、住み慣れたこの静かな屋敷とは、大違いだ。

どうして父さんは、人間なんかから俺を作る気になったんだろう。

ふとそんなことが、頭をよぎる。

いつもは考えないようにしていることを、つい考えてしまう。

俺は、悪魔なのに。