授業中という時間だけは、人間どもは全て教室の中に収まるので、気分がよかった。

俺はようやく歩きやすくなった、殺風景な廊下を歩く。

仕切られた小部屋にぎゅうぎゅうに押し込められた人間どもは、まるで養豚場の豚みたいだ。

俺は絶対にこいつらの仲間にはなりたくないし、同じように扱われるつもりもない。

俺は人間じゃない。

次の休み時間まで、どうやって時間を潰そうかと考えていたら、目の前に一人の男子学生が立ちふさがった。

「お前か。生意気な転校生ってのは。ちょっと顔かせよ」

目と目が合う。

こいつからは、魔界の住人と似たような臭いがする。

「この俺に向かって顔をかせとは、どういうことだ。お前らごときに、いちいち呼び出される筋合いはない」

その瞬間、男は振り上げた拳を俺に向かって振り下ろした。

それをスッと避けてやったのに、男は飽きもせず殴りかかってくる。

あまりにもしつこいので、俺は次にこの男が足を置くであろう箇所に、先に自分の足を置いた。

「うわぁ!」

想定通り、滑って床に転げ落ちる。

「くそっ、つまんねぇことしやがって」

悪魔は人間に、直接物理的な接触をすることは出来ない。

人間の方から触れてくる分には触れられるのだが、悪魔の方から手を出しても、それには触れられない。

悪魔によって人間が殲滅されないように、この世界にかけられた天界からの呪いだ。

だから俺は、涼介にも、この男にも、自分から直接触れることは出来ない。

「そうだ。お前の望みを何か一つ叶えてやろう。その代わり、少し手伝ってくれないか」

「うるせぇ、誰がお前のいうことなんか聞くか!」

男の拳が、振り下ろされる。俺はそれを片腕で受け止めた。

「カネなら、いくらでも出そう」

動きが止まる。俺が見上げると、男はにやりと笑った。

「そうか、じゃあいいだろう」

そんな制約のおかげで、だから悪魔は、人間の魂を奪うために、こんな回りくどいことをしなければならない。

神に最もよく似た形に作られたという、特別に愛された生き物だ。

男は俺の胸ぐらをつかむと、強く引きあげる。

「じゃあとりあえず、10万払ってもらおうか」

彼の望み通り、俺はそれを鼻先に叩きつけた。

これが最も神によく似た生き物か。

笑わせる。

だから悪魔は皮肉もこめて、自らの姿も人の形に似せる。

つかんでいた制服を放すと、少年はあっけに取られたようにして、それを受け取った。