「涼介」

ふらつく足で、そばに近寄る。

涼介を抱き起こそうとした俺の手は、その体をすり抜けた。

アズラーイールが、涼介の体を抱き起こす。

「どこも、苦しいところはないか?」

「うん、大丈夫だよ」

涼介の指先が、俺に向かって伸びる。

俺はその手を、握りしめた。

「どこが苦しい、なにが問題だ、俺がそれを、全部引き受ける」

涼介の体と、俺の体を入れかえようとして、涼介は首を横に振った。

「もう無駄だよ。それに今は、獅子丸の方が傷ついている。ねぇ、アズラーイール、獅子丸を治してあげて」

「お前が俺と契約を交わす気になるまで、お前を死なせない」

「それが出来れば、きっとずっと一緒にいられたのに」

「お前が死んだら、魔界に行ける。もう人ではなくなるから、あの屋敷で一緒に住める」

「なにそれ。俺も、悪魔になるってこと?」

「……悪霊になる」

「はは、それもイヤだなぁ」

「なんでだよ!」

涼介の目から、涙がこぼれた。

「ありがとう。俺は忘れない。君が来てくれた日のことを。お前と、過ごした日のことを。俺の一番の苦しみを忘れさせてくれたのは、獅子丸、君がいてくれたからだ。だから俺は、迷わずに進めた」

俺はもう一度、その手を握りしめる。

「獅子丸、忘れないで。君の思いは、間違いじゃない。だけど、本当でもない。誰も君の邪魔をしたりなんかしない。君が本当にそれをしたいと思っているのなら、ね。俺は、俺のために、今この瞬間を、生きると決めた。だから、獅子丸も、もっと自由に……」

握っていたはずの涼介の手が、俺の手をすり抜けて落ちる。

その魂は、ドス黒く変色を始めていた。

光を覆う闇は一瞬にして広がり、その命の終わりを知らせる。

俺は、ゴクリと唾を飲み込んだ。

アズラーイールも、その行く末を見守る。

ゆっくりと渦を巻いていた黒い闇は、やがて辺縁に追いやられ、それは静かに光り輝く、聖人の魂へと変化した。

涼介の体から、静かに浮かび上がる。

その魂を挟んで、俺とアズラーイールは向き合った。

上空に、暗雲がたちこめる。

空には、天界と魔界からのゲートが、無数に開いている。

未契約の聖人の魂を、奪いにきた連中だ。

「獅子丸、お前は手を引け。涼介の魂は、天界で生まれ変わる」

「俺にはこれを、持ち帰らなければならない理由がある。俺は涼介を、魔界で蘇らせる」

アズラーイールの手に、光の剣が握られた。

俺も業火の剣を出す。

ゆっくりと天へ向かって漂う涼介の魂に合わせて、俺は浮かび上がった。