涼介は、教室の隅に座っていた。

他の人間とは、あまり言葉を交わそうともしないし、他の人間たちも、彼には少し遠慮があるようだった。

わずか少数の、男の人間だけが、彼に声をかける。

涼介はただ、それに従って大人しくついていくだけみたいだった。

俺がどれだけクラスの他の連中からちやほやされても、涼介は動じない。

放課後になった。

涼介は大人しく掃除を済ませ、教室を出て行く。

校内では学校に残った人間どもが、なにやら活発に動き出していたが、涼介はそんなことにも興味はないらしい。

俺は、一人帰宅する涼介の背中を追いかけた。

彼はそんな俺に気づいているのか、いないのか、川沿いの遊歩道を歩いている。

「金か? 金がほしいなら、いくらでもくれてやる」

俺は札束を取り出した。

それを涼介の頭上にばらまく。

「この世の富は、すべてお前のものだ。地位も名誉も望むがまま」

涼介は前髪に張り付いた紙幣を一枚手にとると、それを紙くずであるかのように、さっと払い落とした。

「なんだよ、カネだぞ? お前のもんだ、さっさと拾え」

それでも涼介は、けっして後ろを振り返ることなく、背を向けたまま歩き続ける。

「分かったぞ、才能か? なんの才能が欲しい。絵? 音楽? 学問でも科学技術でもスポーツでも、なんでもいいぞ」

俺は涼介の頭上をひらりと飛び越えると、行く手に立ちふさがった。

これ以上、俺を無視することは、許さない。

「樋口涼介。俺と契約をしろ。そうすれば全ては、お前の思うがままだ」