表情一つ変えずに澄ましているトオルの横で、
「いえ、そんなことはありませんよ」
伏し目がちにそう答えたのは亮一だ。

若い警察官は羨ましいですなどとシミジミと言ったあと、違いますよと左右に手を振った。
「殺人ではありませんから。亡くなったわけではありませんし、事件性があるのかどうかもまだ何もわかっていなくて」

なんとも微妙な言い方である。
謎が深まるが、夕べ近くの路地裏で誰かが自分で刺したか刺されたかして倒れていたとことは間違いないようだ。

「あ、そういえば昨夜の救急車が来ていましたね」
サイレンの音を聞いたのは、確か昨夜の十時過ぎ。
客となんだろう?なんて話をしながら、何気なく時計を見たことをトオルは覚えている。

でも記憶にあるのはその程度。
消防車のサイレンであればもっと気にしただろうが、そのまま忘れていた。

「巡回中の警察官がたまたま被害者を見つけたんですよ」
これまでの話によれば、被害者の男性は建物の間に隠れるように座り込んでいたという。まるで自ら隠れているようにもみえたらしい。

年が明けたばかりのこの時期はまだまだ日が短い。
その時間には既に暗いので誰にも気づかれなくても不思議はないといえるだろう。
見かけたとしても、新年会が多いこの時期にそんな人がいたとしても酔っ払いだと思って通り過ぎるかもしれない。

ひととおり説明したあと、警察官は、事件ではなく事故かもしれないと言った。