それまで父親は死んだと聞かされていたので、どう受け止めていいか戸惑った。

母が差し出した雑誌の小さな記事。
それは何年か前の雑誌で、路地裏の小さなレストランバーを特集したものだった。

『執事のシャルール』
そこに写っていたマスター。

母は、『この人よ』と言った。

名乗りたかったら二十歳の誕生日にこれを渡しなさいと渡された手紙。
『ただし、いいこと? 私は今日死んだことにするのよ』
『どうして?』

『あの人への、お仕置き』
わが母ながら、怒るととてつもなく怖い。


『執事のシャルール』に初めて行った時、壁の奥でスポットライトを浴びていた紅い薔薇を見て思った。

――良かったね。
なんて言ったら怒るだろうけど。


深紅の薔薇をこよなく愛している母は、突然マスターを連れて帰ったら怒るだろうか。
死んだと思った元妻が生きていたと知ったらマスターは怒るだろうか。

面倒だから、玄関まで連れて行って中に押し込んだら逃げよう。


多分許してくれるはずだ、今日は誕生日なのだから。

そう思いながら、トオルは密かにクスっと笑った。

fin~*