残業して帰ると、小夜は既に寝ていてテイクアウトの食事がテーブルの上に置いてある。彼女は料理をしない女性だった。

どんなに遅く帰っても朝食は亮一が作った。
そんな生活を同僚の女性に話をした時、笑われた。

『そんなにボロボロになるほど働いているのに、なにそれ。奥さんってあなたによほど関心ないのね』
――疲れてたんだ。

仕事の用事で区役所に行った時、なんとなく手に取った離婚届の用紙。

自分への戒めのつもりだった。

彼女が俺に関心がなくてもいいだろう?
俺が彼女を好きで一緒にいたいんだから、それでいいだろう?

「逆だよ。なにがあっても離婚するよりはマシだっていう離婚届はただの戒めのつもりだった。それを見つけた彼女が、俺の知らないうちに提出していたってこと」

普段なら絶対に話さなかっただろうそんなプライベートの細かい話をしたのも、非日常の出来事が起きたからかもしれない。

「置き手紙に書いてあったよ。あなたが離婚したかったみたいだから、引き出しにあった離婚届出しておいた。さようならってね」

小夜がいなくなってすぐ仕事は辞めた。
必死に探して探して見つけられなくて、父から引き継いだ店を改装した。
彼女が言った言葉を思いながら。

『亮一って、なんだか執事みたい』

いつか店に来てくれることを願って。
――でももうそれも昔の話だ。

「ふぅん……」
トオルは、ぼんやりと頷いた。