「いないよ。独身だ」

「結婚したことないの?」
「大昔一回な」

「どんな奥さん?」
「俺に関心のない奥さん」

「なにそれ、なんにもしないってこと?」
「いや、綺麗好きだったから掃除はしてたよ。俺の物は容赦なく捨てたけど」

「へえー、なんか俺の母さんみたいだな。死んじゃったけど」

「そうなのか? 父親は?」
「もとからいないよ。母さんの親もちょっと前に死んじゃったし。遺産で大学いってるけど、天涯孤独」

「俺もそうだ親も亡くなったし、天涯孤独。でもまぁ俺はこの歳だからいいけど、お前はまだ若いのに大変だな」
「そーでもないよ。友達はいるしさ」

明るい笑顔でそう言うが、心の内はどうなのだろう。

自分が学生の頃は、炊事洗濯なにもかも母親にやってもらっていた。朝起きれば食事が出来ていたし、帰れば家族の誰かしかが必ずいた。
暗い部屋に帰る寂しさを知ったのは小夜が出て行ってからだ。

「なんで離婚したの?教えてよ」
「手紙を置いて出て行ってそれっきり行方知れず。俺の知らないうちに、その半年も前に離婚届を出されていた」

「知らないうちって公文書偽造?」
「いや、そうとも言えない。俺は自分の欄を書いて棚の奥にしまっておいたんだ」

「離婚するつもりだったの?」

当時、亮一は商社マンとして忙しい日々を送っていた。