「マスター? 大丈夫?」

深夜二時。

客のいない店内には、肩を震わせながら嗚咽を漏らすマスターと、途方に暮れながらポリポリと頭を掻くアルバイトの二人がいた。

――うーん。どうしよう。

予想はしていたとはいえ、とんだ誕生日を迎えたものだと、アルバイトのトオルはため息をつく。



遡ること九時間ほど前。
ふたりの私服警察官が、店の前で立ち止まった。

「どうします?」
「一応聞いてみるか」

彼らが入って行くのは夕暮れの路地裏にひっそりと佇むレストランバー『執事のシャルール』。

店からは灯りが漏れているが、まだ準備中という札が掛けられていた。

カランカランとドアベルが鳴る。
それは普通ではない夜の始まりの合図だった。



***



「殺人事件?!」

カウンターの内側で隠れるように座っていたトオルは、素っ頓狂な声をあげてニョキっと顔を出した。

その声に振り返ったのはこの店のマスター右崎亮一(うざき りゅういち)と、二人の警察官。
ひとりは若く、もうひとりはあと数年で定年という二人組の警察官である。

彼らが店に来たのは開店前の五時半過ぎ。
トオルが賄い飯のチキンに齧り付いていた時だった。

「息子さんですか?」
そう聞かれて、亮一の口元に浮かんだのは苦笑い。

「いえ、彼はここのアルバイトです」