亮一の記憶によれば、以前にも一度だけ彼女はその注文をしたことがある。でもそれはもっと遅い時間のときだった。
「食事はとられたのですか?」
滅多に客には声をかけない亮一がそう聞くと、彼女は左右に首を振る。
「あまり食欲がなくて」
「胃腸の調子は?」
「体調が、悪いわけではないんですけど……」
「そうですか、わかりました」
この店のメニューは定番のチーズ、ソーセージやミックスナッツ以外のメニューは少ない。おつまみの盛り合わせも、おまかせディナーと同じように亮一まかせで何が出てくるか客はわからないという、我侭なこだわりを通している。
とはいえその日その日でどの客に出すものも同じだが、今回に限り彼女のメニューは特別に変えようと亮一は思った。
今日そのものがイレギュラーな日なのだ。
特別対応もやむなしと思うしかない。
盛り付けをすすめているうち、彼女の前に店にいた三人の客が次々と帰り、彼女ひとりになった。
すると彼女は小さな声を出した。
「――あの」
店内に流れる切なげな女性ボーカルのジャズソングに紛れそうな、細い声だった。
亮一も顔をあげたが、それより先にトオルが答えた。
「はい?」
「昨夜、このあたりでなにかあったのですか?」
「ええ、人が刺されたようです」
トオルは彼女をジッと見つめたまま答えた。
彼女は大きく目を見開き、途端にいまにも泣きそうに顔を歪める。
「食事はとられたのですか?」
滅多に客には声をかけない亮一がそう聞くと、彼女は左右に首を振る。
「あまり食欲がなくて」
「胃腸の調子は?」
「体調が、悪いわけではないんですけど……」
「そうですか、わかりました」
この店のメニューは定番のチーズ、ソーセージやミックスナッツ以外のメニューは少ない。おつまみの盛り合わせも、おまかせディナーと同じように亮一まかせで何が出てくるか客はわからないという、我侭なこだわりを通している。
とはいえその日その日でどの客に出すものも同じだが、今回に限り彼女のメニューは特別に変えようと亮一は思った。
今日そのものがイレギュラーな日なのだ。
特別対応もやむなしと思うしかない。
盛り付けをすすめているうち、彼女の前に店にいた三人の客が次々と帰り、彼女ひとりになった。
すると彼女は小さな声を出した。
「――あの」
店内に流れる切なげな女性ボーカルのジャズソングに紛れそうな、細い声だった。
亮一も顔をあげたが、それより先にトオルが答えた。
「はい?」
「昨夜、このあたりでなにかあったのですか?」
「ええ、人が刺されたようです」
トオルは彼女をジッと見つめたまま答えた。
彼女は大きく目を見開き、途端にいまにも泣きそうに顔を歪める。