もうひとつ気になるのは、トオルがローズさんと呼んでいる常連の女性がまだ現れないということだ。

彼女が現れる時間は開店と同時刻であることが多い。
もちろん来ない日もあるし時間がずれることもないわけではないので、姿を見せないからといって、いつもならそれほど気に掛けたりはしない。

でも警察官の話を聞いたばかりの今は、そういうわけにはいかなかった。
やはり気になる。
路地裏での事件に彼女が係わっていたとしても自分に直接関係があるわけではないが、それでもできれば今日は来てほしいと思う。

何ごともないという変わらぬ様子を見せてほしい。
被害者がもし亡くなったら殺人事件になるのだ。そんな事件に常連客が係わっていたのでは寝覚めが悪いではないか。
亮一のそんな心配を知るはずもないだろうが、彼女はなかなか姿を見せなかった。

トオルが戻ってきたのは二時間ほど経った頃だった。

客がいなければ話もできるが、こんな時に限って引きも切らずに次々と客は来る。

そして、時を同じくして彼女も現れた。
ローズさんだ。

店に入って来た彼女はいつものように奥の席には行かず、なぜかカウンターの中央に腰を下ろした。

どこか不安気な様子で、視線を泳がせながら注文する声も小さい。
「グラスワインとおつまみの盛り合わせを」