もしかするとその時の失敗の痛みをいまでも引きずっているのかもしれないと思う。

生涯に一度。
心から愛した元妻、
――小夜(さよ)

彼女はとても美しい女性だった。
美しくて気ままで、哀しいほど亮一に執着しない冷たい女。どこまでも魅力的で亮一が恋焦がれた妻だった。

小夜と出会った場所はここ。
といっても亮一がまだ大学生だった当時、ここ『執事のシャルール』は亮一の父が営む平凡な『シャルール』という喫茶店だった。

たまたま店番をしていた時に、小夜はひとりでフラリと現れた。
『おすすめは?』
注文を聞きに行くと彼女は紅い唇でそう言った。

水色のノースリーブのワンピースが抜けるような白い肌によく似合っていた。
彼女が開いていたメニューのページはドリンクではなく食事。亮一は唯一自分でも自信があった『ナポリタン』と答えた。

一目惚れだった。
胸を躍らせながらナポリタンを作り、ナポリタンを食べる彼女をずっと見ていた。

皿の上に視線を落としニッコリと微笑んでフォークにクルクルと巻きつける仕草、口の中に入れる様子、そのひとつひとつを今でも鮮明に思い出せる。

長い髪を耳にかけた時に見えた細いうなじ。
ふいに喉の奥が苦しくなった。

――ダメだ。
思い出に浸ったところでどうしようもない。
大きく息を吐いた亮一は、喉の奥に淀む滓を流すようにコーヒーを一気に飲み干した。