掃除やカトラリーのチェック等々するべき開店の準備がひと通り終わった頃。
ふわふわとコーヒーの香りが漂い始めた。

亮一はいつも、仕込みやらがひと段落したところで、自分たちが飲むコーヒーを淹れる。
芳醇な香りは、亮一の開店準備も済んだという合図だ。

差し出されたカップを取りながらトオルが言った。
「さっきの話ですけど、ヤバくないッスか」

コーヒーカップを口元から離した亮一はフゥっと息を吐く。
「俺は今日から貝になる。そして昨日までのことはもう忘れた」

「なんですかそれ」

目の端でトオルを睨んだ亮一は、恨めしそうに眼を細める。
「――昨日、彼女から血の臭いがした。気づいたか?」

「え? 彼女ってローズさん?」

マスターは頷く。
「まぁ若い女性だから、そんな臭いがしたからって別段不思議はないし」
トオルにもマスターの言いたいことはわかる。月に一度訪れる女の子ならではのあの日のことかと。

「でも彼女、席に座るとすぐ、何かに気づいたように花束の外側の包みを外したんだ」

「そういえば」
トオルは彼女に水を出し注文を聞いたあとだったので、背中を向けていたが、フィルムや紙を剥がすようなカサカサという音は聞いた覚えがある。

「血が付いてたってこと?」

トオルの声に驚いたように、亮一はのけぞった。