「じゃあしょうがないよなって。いや、全然しょうがなくはないんですけど。呪いたいくらい憎かったのおぼえてますし、一生忘れないと思いますし」
 訥々とした口調は、だんだんと聞こえないくらい独り言めいてくる。
「でも、別人になっちゃったんだろうなって。そっか……って」
 佐行さんが席を立った。キッチンのほうへ行き、阿形さんの肩を抱く。なぐさめたり励ましたりというよりは、ただじゃれついているような雰囲気で。
「あの事故がきっかけじゃないところが、まさしく『あ、そう』だねー」
「そこな」と阿形さんがうんざりした声でつぶやいた。
 柊木さんが蔵寄さんにスプーンを向け、「そこのパパ」と呼ぶ。
「『子どもの存在は、それほど大きいんだよ』とか言えるのはお前だけだぞ」
「言うかよ。人間性が変わるきっかけなんて人それぞれだ」
 むくれたように言う蔵寄さんに、柊木さんは満足そうに口の端を上げた。
「さて!」とはずんだ声を発したのは佐行さんだ。
「俺はそろそろ失礼します、デートなんで」
 阿形さんを解放し、いそいそと帰り支度をはじめる。「気をつけて」と柊木さんがうなずいた。なんてホワイトな職場だ。というか佐行さん、彼女いたんだ。
「よろしく伝えて。この間、助かった」
 席に戻ってきた阿形さんが声をかけた。「おー」と陽気な返事が来る。
「お相手、知ってるんですか?」
 尋ねたら阿形さんが、なに言ってんの、という顔をした。
「あんたも見てるよ、あの飲み会で俺といた人。あれ、彬良(あきら)の彼女」
「ええ! ……って、アキラって?」
「ひどいな、俺だよー。佐行彬良くん、おぼえてね!」
 佐行さんは自分を指さしてから、「それじゃ!」と手を振って出ていった。
 そういうお名前だったのか……。
「そうやって相手を調達するんですね……」
「岳人さんの奥さんを借りようかとも思ったんだけど、相手が一営じゃ、顔が割れてるかもしれないと思って」
「正しい判断だね。何人か会ったことがある」
 うんうんと蔵寄さんがうなずく。条件が合えば借りられるものらしい。
「ご自分の彼女は都合がつかなかったんですか?」
「ケンカ売ってんの? 今いないよ。ついでに言うと柊木さんもね」
 ちょっと聞いてみただけなのに、すごまれた。
 巻きこまれた柊木さんが「俺は関係ないだろう」と顔をしかめる。
 へえー。