私が種原さんのように、グレーなことの手駒をしていてもいい。もしくは副本部長からセクハラを受けていたりしても、三居さんには拾い物だったはずだ。
 しかし残念ながら、彼がつけていた相手は、仲鉢さんとは会社でまったく縁のない宣伝課の生駒だった。それがわかって、興味を失ったに違いない。
 うんうん、とひとりで納得していたら、いつの間にか視線を集めていたことに気がついた。とくに柊木さんの目つきが怖い。
「なにかあったら連絡しろと、あれほど……」
「いや、そのときは電話しようと思ったんですけど、すぐ気配も消えちゃったし、そのあとは忘れてしまったというか」
「ダメじゃん。けっこう使える調査員だと思ったけど、危機意識が薄いのは減点」
 減点された!
 ショックを受けている私に気づき、佐行さんがフォローしてくれる。
「それ言ったら、途中まで生駒ちゃんと一緒だったのに、尾行に気づかなかった阿形も減点じゃないー?」
 チッと舌打ちし、阿形さんはドリップを終えたコーヒー豆を流しに捨てた。柊木さんが尋ねる。
「協約の件は、どうする、追うか?」
 阿形さんは首を振った。
「俺たちのやることじゃない。今回の依頼と一緒に、クローズでお願いします」
「それとなく、俺が気づいたってサインを出しておくよ。CDの件といい、仲鉢さんはたぶん、NGなラインを超えようとはしてないし、超えてる自覚もない。まずかったと気づけば手を引くと思う」
 蔵寄さんは優しく、「阿形くんがそういう決着でいいなら」とつけ加える。
 じっと手元のカップを見下ろしていた阿形さんが、口を開いた。
「俺、この案件を離れてる間、アマ東で宇和治のことをさぐってきたんですよ」
 いつの間に、という顔を全員がしたものの、口に出す人はいない。柊木さんだけは、聞いているのかいないのかわからない様子で、コーヒー片手に、キッチンの上にある粉末クリームや砂糖を物色している。
「パワハラなんて言葉、ひとつも出てこないんです。まあ、いまだにワンマンだったり、気分で動くところは残ってて、困ることもあるって声はありましたけど」
 ぼそぼそと、だれに聞かせる気もないような声で阿形さんは語る。
「三年前に子どもが生まれて、人が変わったようになったんですって。それ聞いたら、なんか、あ、そう、って……」
 コーヒーをすすり、はあと息を吐いた。