湯気の立つカップを受け取ると、ぞんざいに同期をあごで示す。
「そいつは新人時代からずっとエース扱いで、昇進もダントツで速い。嫉妬されることはあっても、したことはないだろうよ」
「俺が感じ悪くなるだろ……そういう言いかたするなよ」
 図星だったらしく、蔵寄さんが途方に暮れたように顔を覆った。彼の対面の席で、佐行さんがからからと笑う。
「陥れようとする人がいなくてよかったですね。いたのかもしれないけど」
「三居くんもなあ……、働きぶりは悪くないと思うんだけど、種原くんみたいな子のそばにいると、どうしても器用じゃないところが目立つよね」
 蔵寄さんは同情的だ。営業部と販売促進部はかかわりも多い。自分の後輩のようでもあり、三居さんの置かれてきた立場を思うと胸が痛いんだろう。
「相手を見てますよね、仲鉢副本部長は」
 阿形さんがカップをひとつ蔵寄さんに渡す。そしてなんと、私のところにもひとつ持ってきてくれた。とってつけたように「ミルクと砂糖は?」と聞く。
「大丈夫です。ありがとうございます」
 それを見た佐行さんが、愕然とした表情をつくる。
「阿形、俺にはー?」
「ミルクと砂糖は?」
「まずコーヒーくれよ!」
 やりとりに笑いながら、三居さんの心の内を思った。
 副本部長から次々に無茶ぶりされる同期と、なにひとつ振られない自分。客観的に見れば、無茶ぶりなんてされないほうがいいともいえるのに。
 彼にとってはそのことが、苦痛で、屈辱で、耐えがたかったのだ。昇進可否の結果は六月中旬から下旬に発表される。ふたりの間に明確な差がつくそのときが、彼なりのタイムリミットだったのだ。
「三居さん、私が種原さんの同類か、確認したんだと思うんですよね」
 コーヒーがおいしい。
 キッチンのほうへ戻った阿形さんが、眉をひそめた。
「なに、なんの話?」
「元一営の方々で飲んだとき。阿形さんと別れたあと、人の気配が駅までついてきたんですよ。今思えばあれ、三居さんですね」
 仲鉢本部長と飲んでいた女がだれか、確認したかったんだろう。裏道では暗くてわからず、表通りまでついてきたのだ。
「そもそもは種原さんのあとをつけて合流場所まで来たんだと思います。そこで私を見つけて、告発のネタを増やせるかもしれないと思ったんですよ、きっと」