耳に残っているコツ、コツ、という音が、今も実際に、あの席で鳴っているんじゃないかという気がした。
『残念ながら、それは我々の仕事ではありません』
ファストフード店で阿形さんが告げると、三居さんはテーブルを叩いた。
『見て見ぬふりかよ!』
『そうです』
仕切り板越しに、三居さんの戦意のようなものがしぼんでいくのがわかった。
『ご依頼にお応えできず、申し訳ありません。またなにかお困りのことがあれば、第二総務部までどうぞ。ゆっくり立ち上がり、振り返らずに出ていってください』
彼はそのとおりにした。猫背気味のシルエットが、店を出ていく。
阿形さんが『エレベーターに乗ったよ』と言った瞬間、私の周囲からふうっと詰めていた息を吐く音が聞こえた。
右側のブースから柊木さんと阿形さん、左側のブースから佐行さんと蔵寄さんが、めいめい立ち上がって顔をのぞかせる。
『狭かったー』と伸びをしながら佐行さんと蔵寄さんが帰っていくうしろで、阿形さんの肩を、柊木さんが叩いたのが印象的だった。
阿形さんはなにも言わず、小さく頭を下げた。
同期かあ、と考えてしまう。
もちろん私にも同期はいる。同じ年に入社した社員という意味なら百名以上いる。その中でも非技術職として一緒に研修を受けたのが三十名くらい。本社に配属されたのが十五名くらい。
その中で、なんと女子は私だけ。
まだ昇進がどうこうという年次に至っていないせいもあるだろうけれど、同期と自分を比べたことなんてない。
比べずに済む環境を、ラッキーと思うべきなのかもしれない。
定時のチャイムが鳴った。ここから十五分間は休憩時間とされ、残業時間とはみなされない。その間に仕事を終わらせてしまおうと社畜じみたことを考えたとき、私のデスクの内線が鳴った。
「宣伝課、生駒です」
つんと澄ました声が、そっけなく言う。
『どうも、第二総務部です』
中地下三階とでもいえばいいのか、あの踊り場に出入り口のあるアジトの中で、「同期かあ」と蔵寄さんが悩ましげな声を出した。
「蔵寄さんも、ライバル心みたいなの、経験ありました?」
「あるもんか」と答えたのは柊木さんだ。蔵寄さんに席を譲り、自分はキッチンのほうで、阿形さんにコーヒーをいれてもらっている。
「はい、どうぞ。ちょっと濃いかな」
「サンキュ」
『残念ながら、それは我々の仕事ではありません』
ファストフード店で阿形さんが告げると、三居さんはテーブルを叩いた。
『見て見ぬふりかよ!』
『そうです』
仕切り板越しに、三居さんの戦意のようなものがしぼんでいくのがわかった。
『ご依頼にお応えできず、申し訳ありません。またなにかお困りのことがあれば、第二総務部までどうぞ。ゆっくり立ち上がり、振り返らずに出ていってください』
彼はそのとおりにした。猫背気味のシルエットが、店を出ていく。
阿形さんが『エレベーターに乗ったよ』と言った瞬間、私の周囲からふうっと詰めていた息を吐く音が聞こえた。
右側のブースから柊木さんと阿形さん、左側のブースから佐行さんと蔵寄さんが、めいめい立ち上がって顔をのぞかせる。
『狭かったー』と伸びをしながら佐行さんと蔵寄さんが帰っていくうしろで、阿形さんの肩を、柊木さんが叩いたのが印象的だった。
阿形さんはなにも言わず、小さく頭を下げた。
同期かあ、と考えてしまう。
もちろん私にも同期はいる。同じ年に入社した社員という意味なら百名以上いる。その中でも非技術職として一緒に研修を受けたのが三十名くらい。本社に配属されたのが十五名くらい。
その中で、なんと女子は私だけ。
まだ昇進がどうこうという年次に至っていないせいもあるだろうけれど、同期と自分を比べたことなんてない。
比べずに済む環境を、ラッキーと思うべきなのかもしれない。
定時のチャイムが鳴った。ここから十五分間は休憩時間とされ、残業時間とはみなされない。その間に仕事を終わらせてしまおうと社畜じみたことを考えたとき、私のデスクの内線が鳴った。
「宣伝課、生駒です」
つんと澄ました声が、そっけなく言う。
『どうも、第二総務部です』
中地下三階とでもいえばいいのか、あの踊り場に出入り口のあるアジトの中で、「同期かあ」と蔵寄さんが悩ましげな声を出した。
「蔵寄さんも、ライバル心みたいなの、経験ありました?」
「あるもんか」と答えたのは柊木さんだ。蔵寄さんに席を譲り、自分はキッチンのほうで、阿形さんにコーヒーをいれてもらっている。
「はい、どうぞ。ちょっと濃いかな」
「サンキュ」