『東京はメーカーのお膝元であり、特別な特約店。その威信を崩したくないんだと思うよ。だから東京の利益を守ってる。あくまで僕の想像だけど』
「……ということでした」
「信じるに足るどころじゃないね」
 阿形さんは頭を垂れて、はーっと深く嘆息した。
「メーカーと特約店の間に立って、どっちのビジネスとも深くかかわる現役リードマン、しかも東京担当が言うんじゃさあ」
「『これが本当なら、阿形くんの気持ちの行き場がない』って、気にしてました」
 はは、と彼が小さく笑う。
「かっこいいよね、あの人」
 ですよね、と力強く同意したかったけれど、絶対に鬱陶しそうなまなざしをもらうことが予測できたので、やめた。
「宇和治社長も、なにかおかしいと気づいていないはずはないそうです」
「そりゃそうだろ。でも気づかないふりをしてる、か」
 くたびれたようにそう言うと、阿形さんはひざの上で腕を組み、頭をのせた。つかの間ぼんやりしていたかと思うと、目を閉じる。
「『有能な男を社長に据えてきた』って、そういう意味……」
 そんな力ない声を出さないでほしい。私まで心配になってしまう。
 腕時計を見た。あと二分で午後の仕事が始まる。行かないと。
「阿形さん、私……」
 声をかけた瞬間、かっと彼の目が開いた。びっくりする私をよそに、がばっと顔を上げると、胸ポケットから携帯を取り出し、耳にあてる。だれかから電話らしい。
「はい。……またですか。書いた人間は? 映りました?」
 気色ばんだ阿形さんは、すぐに顔を曇らせ、「運のいい奴だな」と残念そうに吐き捨てる。私はちょっとでも聞こえないかなと、彼の手元に耳を近づけた。
『どうする? こっちで連絡係をしてもいい』
 電話の主は、柊木さんだった。
 阿形さんはちょっと考え、「いえ」と言った。
「俺がやります」
 携帯をポケットに戻すと、阿形さんはそばに置いていたPCを取って立ち上がった。つられて私も立ち上がり、踊り場のドアを開錠する彼を見守る。
 ドアを開ける前、阿形さんが振り向いた。
「あんたは部署に戻れよ、もう午後始まってる」
「伝言板にまた書きこみがあったっていう連絡じゃないんですか? だったら私も、ちょっとは関係なくはないですし」
 阿形さんは関心なさそうにふんと鼻を鳴らし、部屋に入る。私があとをついて入っても、なにも言わなかった。